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特許庁にいるから見えた
ーオープンイノベーションにおける特許情報の活用可能性ー 高田龍弥氏

知財との出会いは偶然、「ホワイト」な特許庁へ

特許庁に入庁となった経緯は偶然で、公務員になろうという気持ちはありましたが、もともとは別の官庁を志望していました。官庁訪問している時にたまたま大学の同じゼミの友人が特許庁を訪問したと聞いて寄ってみたことがきっかけで、その後はとんとん拍子で話が進んでいき、合格を頂いた、という経緯です。

特許庁を意識したのは官庁訪問の時でしたが、その際の特許庁で働く方々の雰囲気、また、特許庁は事務官以外にも、特許審査官・商標審査官・意匠審査官と、それぞれのスペシャリストが一緒に業務をするので、人材に多様性があり面白いのではないかという直感めいたものもあり、入庁しました。実際に入ってみると、その直感は当たっていました。特許庁は、企業も含めた「ホワイト企業ランキング」上位に輝いている組織体で、実態も上位に相応しい環境です。特許庁を選んだことは正解でしたし、入庁を許されたことは大変な幸運でした。

特許庁外観
出典:特許庁ウェブサイト(https://www.jpo.go.jp/introduction/access/map.html

現在の業務は二足の草鞋

現在は二足の草鞋を履いて社内兼業状態です。1つ目は国際政策課のバックオフィス業務で、2つ目は今回お話しするオープンイノベーション関連事業を担当しています。国際政策課は、メンバーが国際会議に出席し、世界の知財に関するルール調和等を議論しています。例えば、最近メディアに取り上げられたのは、AI関連発明に関して、各国で異なる審査基準の違いを整理して、共通化を進めようとする議論などです。私自身は国際会議に出席するわけではなく、そこでの予算の調達や事務などを行うポジションです。

特許庁のオープンイノベーション推進プロジェクト

発足の経緯

発足は2018年8月です。きっかけはオープンイノベーションの文脈で特許や知財が重要な役割を果たすはずなのに、特許庁内でオープンイノベーションに関わるプレイヤーを支援する部署が複数に跨り、オープンイノベーション施策を中心に推進する部署がなかったことにあります。他方、当時はオープンイノベーションを特許庁が支援するといっても、そもそも何ができるのか明確には見えていませんでした。そこで、プロジェクトチームという関係部署を束ねた緩やかな組織体で始めてみることになりました。私は当時、総務課員としてプロジェクトチームの立ち上げに関与していました。

「課題を解決する特許」がマッチングのキー

総務課に配属される前は、中小企業やスタートアップを個社支援する部署にいたのですが、それらの支援の中で、「スタートアップや大学が、せっかく良い技術を持っているのに、パートナーとなるべき大企業とうまく出会えず、量産化まで辿りついていない、つまり社会実装がスムーズに出来ていない」という課題に気が付きました。そこで特許情報を手掛かりにこれを解決できないか、という観点から特許情報を活用したビジネスマッチングレポート(以下、レポート)を開発して、このレポートが本当に機能するか実証実験を行いました。昨年の2020年度までの4年間、実証事業を継続しましたが、全体のマッチング成功率40%を超える実績を上げています(※「成功」の定義は、「初回のミーティング以降、議論継続or秘密保持契約が締結された件数/支援先と事業会社の面談件数」としています)。

ポイントは特許権そのものをマッチングするのではなく、あくまで特許情報をフックにしてアライアンスパートナーを効率的に探索するということです。成功事例の多くが現在進行形のため公表はできませんが、唯一公表できる成功事例は、クモノスコーポレーション社DNP大日本印刷社の計測器メーカーと総合印刷会社の連携です(PDF)。測量、外壁診断、構造物点検が主な事業内容であるクモノス社では、通常の営業活動ではDNP社に出会うことはできなかったでしょう。狙った技術そのもので連携できたわけではないですが、こういった異業種を繋ぎ合わせる、いわゆるセレンディピティを高める効果も期待できます。大抵、「御社の特許を拝見して…」と言われたら、多くの企業が「何だろう?」と関心を向けますので、会ってもらえる確率も高いです。

(特許庁提供)

さて肝心のレポートの中身ですが、自社の特許分析ではなく、連携先の特許情報に注目するのがポイントです。自社知財を分析対象にしていませんので、究極的には自社に特許が1件もなくても、レポートを作成することができます。また、特許情報というと、一般的には権利範囲を示す請求項に注目しがちですが、特許明細書の「発明が解決しようとする課題」に着目したのがひとつの大きな特徴と考えています。つまり、「自社技術で解決できる課題と同じ課題にアプローチしている企業とは連携できるだろう」という非常にシンプルなロジックでパートナー候補を抽出しています。

作成手順もシンプルです。①マッチングを希望する技術分野を特定して、検索式を作り探索範囲を設定します(母集団の設計)。②自社の技術が取組む技術課題のキーワード(指定課題キーワード)を10~15個程度を設定します。③ ①母集団の中で、②指定課題キーワードを含む公報の延べ数を、各出願人の出願件数で割った数値(キーワードマッチング度数)をはじき出します。

例えば、公表可能なサンプルとして作成した仮想事例はこちら([1])です。仮想とは申し上げても、実在したスタートアップをモデルにしています。本事例は、人と並んで作業が出来る安全性の高いアームロボットを開発したスタートアップ企業に、このレポートを提供したらどのような結果となるかを検証する目的で作ったものです。

アームロボット開発スタートアップですので、一般的なマッチング候補先としてロボットメーカーに焦点を当てるため、まずは①ロボットに関する検索式を作成します。探索する特許出願は古すぎるものだとあまり意味がありませんので、ここでは過去10年間分の特許出願に限定しました。この事例では14,785件の母集団となりました。経験的には1~5万件ぐらいの範囲が探索しやすいので、ちょうど良い数字に収まっています。そして②指定課題キーワードを通常は支援先(当庁の実証研究では主にスタートアップや大学)に技術の特徴をヒアリングしながら決定していきます。事例では「人と安全に協働できるアームロボット」ですので、指定課題キーワードとしては、「安全」、「ロボット制御」、また協働する「作業者」に「接触」しない・「干渉」しない、などが選択されました。あとは③母集団の14,785件の特許出願の「発明が解決しようとする課題」の中に指定課題キーワードがいくつ含まれるのか、出願人別に特定して、各出願人の出願件数で割り戻してキーワードマッチング度数をはじき出します。キーワードマッチング度数を考慮したお見合いリストが分析B・Cで、例えば分析B(サンプルP.17)のトップにはボッシュグループがあり、キーワードマッチング度数は3.50です。これは先の14,785件の特許出願の中にボッシュグループの出願は10件のみ、しかし②のキーワードを35個含んでいたため、35÷10=3.50となっています。

ただし、そもそも当該分野の出願件数が低い企業はマッチング度数が高く出がちですので要注意ですし、キーワードはそれぞれ重要度が異なるので、どのキーワードで引っかかったのかを注意深く見る必要があります。さらにマッチング度数が高ければ良い訳でもなく、解決しようとする技術課題が多く共通するということは純粋な競合企業である可能性もあります。つまり候補リストはあくまで候補ですので、あとは個々の企業の出願情報(発明の名称や要約等)を頼りに優先順位をつけていくことになります。業界に疎いスタートアップや大学にとって、当たるべき候補が絞られることはそれだけでも価値があります。またこの手法であれば、特許件数の少ない企業も抽出できるので、実は当該業界では技術力のある知られざる中小・中堅企業、また新規事業として当該分野に取組もうとしている意外な大企業が把握されるなどの効果もあります。

(特許庁提供)

スタートアップや大学の先生にレポートを提供すると、少なくとも連携候補のいくつかにはサプライズがありました。例として、ある大学発スタートアップにレポートを提供したら、「アカデミアのネットワークで類似の研究は全て把握しているつもりだったが、この大学でこんな研究を行っているとは思わなかった」という声をもらうこともありました。

まだまだ資力の乏しいスタートアップにとって、当該業界の巨人と交渉するのは骨が折れます。まずは比較的、交渉しやすい中小・中堅企業、あるいは規模は大きくても新規事業として当該分野に取り組み始めた企業等と連携することで実績を積むという戦略も取り得るので、そのツールとして非常に有効です。なお、候補先を絞り込んでいく過程で、非特許情報(事業内容、財務や経営計画等)ももちろん読み込んで、より適した企業を探していきます。

実証事業を始めた2017年当初から本事業に協力いただいていたイノベーションリサーチ社が提案してくれた「特許情報の課題部分」に注目して連携相手を探索するという着眼点が非常に良かったので、マッチングレポートを作成すること自体は難しくありませんでした。

レポートでは企業名を並べたリストと併せて、母集団に含まれる特許出願全件を要約したリスト(出願番号、発明の名称、出願人、課題、要約などExcelで一覧化されたもの)も提供していました。J-Plat Patで逐一特許情報を調べるのは、日頃から特許検索に慣れ親しんでいる人でないと苦労します。リストは自身の関心のある技術について、どの企業がどのような特許を出願しているのか、一覧で見せてくれるものなので、「面白い」、「ずっと見ていられる」とスタートアップや大学の先生に大変好評で、これも本事業のひとつの価値だったと考えています。

特許化されている=他技術との違いがあることの証明

レポート提供段階までは円滑でしたが、いざ当事者を引き合わせ、いくつかのスタートアップや大学の先生がプレゼンする段階で課題が見つかりました。自社・自身の技術の優れた点ばかりを話してしまいプレゼンが上手くいかなかったのです。例えば、お見合いの場面で自分のことばかりを話す人と「結婚しよう」とはふつうは思いませんよね。一緒になりたいと思うなら、相手の気持ちや関心事に寄り添いながらコミュニケーションを取るべきです。

では、何が相手の関心事なのかを見極めるのが大事ですが、相手企業の課題は特許情報から既に把握できている訳ですから、その課題を自社技術でどう解決できるかをプレゼンすれば良いのです。さらに自社技術の魅力を効果的に訴えるには、自社技術が他の技術と比較してどう優れているのか客観的に提示することが大事なはずですよね。全くこの世に存在しなかった革新的な技術などは滅多になく、通常は現存の技術を進化させた置き換えですので、自社技術の強みを適切に示すためには他社技術との比較が最も説得的です。当然、リサーチや評価が必要となり、場合によっては自社技術の欠点を際立たせることになるので嫌がる人が多いですが、これは逃げずに行うようアドバイスしました。実際に「他者技術と比較して、現状はこの点が劣っています。」と率直にプレゼンした方が、成功確率は高かったですし、横で聞いていて誠実に感じました。また、特許化している場合はそこをアピールすることも必要です。特許化する過程で新規性・進歩性は審査官に判断されています。特許化できたということはその時点で他社技術との差異が明確にあぶり出されているのです。そういった審査の結果はプレゼンにも活用できるはずです。

この特許情報を活用したマッチングの実証事業は合計で4年間を実施していましたが、最初の1年目を除いて、3年間はこのように知財コンサルのような活動にも注力してマッチング成功率をあげるべく支援していました。いくら優れた技術でも、その良さが伝わらなければ意味がないし、その良さを伝える機会は1回きり、しかもプレゼンは現実には10~15分程度です。特許情報から相手のやりたいこと、それに対してどのような貢献が出来るのか端的に説明することが求められます。そして残された時間は相手からの質問をできるだけ多く引き出すべきです。仮にその企業との連携が失敗に終わっても、その企業自身の課題、場合によっては当業界の課題が把握されるので、意図的に質問の時間を長くとるようアドバイスしていました。また話を聞いてもらえると信頼感の醸成に繋がりますしね。

(特許庁提供)

“攻め”の知財戦略

企業が知財を活用して事業を成功させるためには、特許情報を使ってアライアンスパートナーを探す等、最近はメジャーになってきている“攻め”の意識が重要になると思います。特に大企業の知財部はその役割が求められているのでしょうし、その意識が強いからこそIPランドスケープのように特許情報とビジネス情報を掛け合わせて、その技術分野における未来予測や競合の状況のモニタリングする手法などが注目されているのだろうと理解しています。

正直なところ、特許権そのもののマネタイズは難しいと思いますが、経営戦略を練る際に特許情報を活用していくことは有用です。パートナー探しには使えるということは本事業で実証済みなので、企業の規模に関わらず知財の価値をぜひ知っていただきたいですし、知っていただければ、企業における知財部のプレゼンスはもっともっと上がっていくのだろうと思います。

注目している知財業界やオープンイノベーションの動向

コーポレートガバナンスコードが知的財産に言及したことは大企業の経営層が知財を意識する機会になるので、そういう動きは非常に良いことですし、ありがたいことですね。事業から切り離された知財権それ自体に価値を持たせることは、産業によっては非常に困難ですので、経営層が知財に注目するきっかけが増えるのは非常に喜ばしいです。

また、アカデミアの技術の社会実装を如何にスムーズに進めていくのか、いわば大学のオープンイノベーションの在り方について強い関心があります。日本の強さの根底には基礎研究があって、その多くを担っているのが大学ですから、大学の研究力の強化は、今後の日本を占う意味で非常に重要だと考えています。 ひとつの事例として、筑波大学発スタートアップであるピクシーダストテクノロジーズ社が筑波大学・東北大学と組んでいる産学連携スキームはアカデミア技術の社会実装を加速させる試みとして注目しています[2]

ピクシーダスト社から大学側に新株予約権を発行して、その対価として共同研究で生まれた知財は全てピクシーダスト社に譲渡されます。共同出願やライセンスに係る交渉の時間を全てカットできるので、スタートアップにとって“命”となる時間を節約することになります。もうひとつスタートアップにとって“命”となるのは、特許などの技術です。お金も販路も無いスタートアップにとって、「特許化された技術」は極めて重要な交渉ツールです。今回はこのような生命線となる技術・特許を、ほぼ交渉ゼロでピクシーダスト社が持つというスキームを考えたことは、すごいことだと思います。ピクシーダスト社が成長すれば新株予約権の価値が上がり大学にメリットがあるという関係を作れたこともポイントです。同社の成長=株価上昇が大学の利益に繋がりますので、大学が継続的に同社を支援する理屈を提供しています。世の多くの大学発スタートアップは最初のライセンスを受けたら、それ以降は全く大学とコンタクトを取らないと聞きます。ライセンスされた技術の性質やスタートアップのビジネスモデルによっては当然の話なのかもしれませんが、なかにはライセンス交渉などで揉めてしまい、仲違いになってしまった事例も少なくないのではと推察します。双方の関係に変な軋轢を生じさせないという意味でもこのスキームの利点があると個人的には思うところです。さらに、もしスタートアップがピボットしてライセンスした技術を使用しなくなったとしても、新株予約権であれば大学側には引き続き収益が期待できます。もちろん紙くずになるリスクはありますが、しっかり相手を見極めて、かつ継続的な支援を実行していければ、相当に当選確率の高い宝くじとも言えます。

今後の知財業界の展望

知財、特許がターニングポイントに来ているように感じますね。コーポレートガバナンスコードに「知的財産の項目」が入ったことや、IPランドスケープが注目されるようになってきて、知財に対する捉え方が変わってきているように感じます。ちなみに当庁の広報誌「とっきょ」のVol.49(2021年9月14日発行号)は「新時代に挑む知財戦略IPランドスケープのススメ」として旭化成さんの取組を特集しています([3])。

出典:特許庁ウェブサイト 広報誌「とっきょ」
https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/index.html

非常に示唆に富む記事ですのでお勧めです。なお、たまたまですが先にご紹介したピクシーダスト社さんも同号でマンガ化されて紹介されていますので、ぜひ併せてご笑覧ください。特許庁の広報誌の宣伝になりました。失礼しました。

出典:特許庁ウェブサイト
https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol49/03_page1.html

さて、今後の展望に話を戻します。ビッグデータをいかにしてビジネスに活用していくかが世界の潮流になっていますが、実は特許情報それ自体が技術文献のビッグデータなので、ここにAIを加味して解析を進めていけば、IPランドスケープなどの特許を用いた分析の精度はさらに向上します。我々が開発したマッチングレポートは非常に単純なアルゴリズムでしたが、特許出願というデータそのものの品質が高いおかげで、良い成果を上げることができました。そこにAIが加味されたら、より多くの示唆が得られるレポートを作っていけるでしょう。今まで“守り”だった知財部が、売り上げに貢献するような“攻め”の知財部に転換する良いタイミングです。特許庁としても出来ることが増えてきましたし、この業界が面白くなっていくと希望を持っています。

知財業界を志す人達へ一言

今はこの業界の転換期にあります。特許情報を加工してAIに取り入れて分析したら、当該業界の先駆者になれる可能性もあります。ですから、どんどんこの世界に飛び込んできてくれたら嬉しいです。また自戒も込めてですが、知財業界の人たちは同じ業界内で集まりがちなので、違う業界の方ともコミュニケーションを取ることで、コミュニティが知財を超えてその輪が拡がれば良いなと考えています。オープンイノベーションは「新結合」です。これは技術に限った話ではなく、業界を超えて多様な人々が「出会う」ことで、面白いプロジェクトが生まれ、世の中が少しずつ良い方向に向かっていくのだと信じています。

[1] https://www.jpo.go.jp/resources/report/chiiki-chusho/document/matching-tool/2018hokokusho-betsu01.pdf

[2]https://ipbase.go.jp/learn/ceo/page22.php

[3] https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/index.html

※発言は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません。