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技術法務で日本の競争力に貢献する

人には歴史がある。積み重ねてきた時間がその人の人生であり、ストーリーだ。
知的財産、特許という言葉は一見すると、小難しくて聞いたことはあるものの拒否反応が起こりそうな言葉でもある。しかし人間の知的創造活動の成果を守り、経済及び産業の発展に対して貢献する弁理士はなくてならない存在であり、日本の守護神とも言える存在だ。

知的財産、特許、そして弁理士という職業に出会い、活躍しているビジネスパーソンから学ぶパテントストーリー。どんな歴史を作り、そしてどんな歴史をこれから作るのか?一歩先を行く、知的財産の賢者に話を聞く。今回は弁理士資格と弁護士資格の両方お持ちの弁護士法人内田・鮫島法律事務所 鮫島 正洋氏にお話を伺いました。

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鮫島先生のプロフィール
弁護士法人内田・鮫島法律事務所 代表弁護士
1985年、藤倉電線株式会社(現(株)フジクラ)に入社、エンジニアとして電線材料開発に従事し、筆頭発明者として40件を超える特許出願を行う。同社在職中に弁理士資格を取得。
1992年、日本アイ・ビー・エム株式会社知的財産部所属。IBM社のノ-ベル賞受賞発明(1986年)である酸化物超伝導にかかる基本特許の権利化などの特許業務に携わる。
1996年、司法試験最終試験合格後 司法研修を経て、1999年弁護士登録。

2000年、松尾綜合法律事務所入所
2004年7月、内田・鮫島法律事務所設立 特許訴訟・ライセンス交渉などの弁護士業務のかたわら、知的財産権と技術・ビジネス・法律をシームレスにリンクして、法的・知財的な視点で企業価値を向上させる新しいリーガルサービスを模索している。
2004年、地域中小企業知的財産戦略啓発プロジェクト 主査(委員長)。
2011年、直木賞受賞作品池井戸潤氏著「下町ロケット」に登場する神谷弁護士のモデルとなった。
2012年、知財功労賞(経済産業大臣表彰)受賞。
2018年、J-Startup(METI)公式サポーター・推薦委員 中小企業経営力強化支援法の経営革新等支援機関

主な著書として、「特許戦略ハンドブック」(中央経済社)2004.3[編著]、「知的財産の証券化」(日本経済社)2004.10[共著]、「基礎から学ぶSEの法律知識」(日経BP社)2006.5.15[共著]、「新刊・特許戦略ハンドブック」(商事法務)2006.10[編著]、「技術法務のススメ」(日本加除出版)2014.7.1[編集代表]、「知財戦略のススメ コモディティ化する時代に競争優位を築く」(日経BP社)2016.2.5[共著]その他論文等多数。

弁理士との出会い

エンジニア生活を送る中で、先のビジョンが見えず転身を考えた際にエンジニアの経験が生かせ、かつ、開発以外の仕事はないか?さらには、いずれは独立したいという想いもありました。
この3つを考えたときに、弁理士資格が適しているのではないか?というのが弁理士を目指すきっかけです。
当時は90年代。まだ、「弁理士?なんですか、それ?」と、そう言われた時代背景でした。

弁理士と弁護士、2つの資格

まず発明が生まれ、それを特許庁に出願し取得するというのが特許の大まかな流れですが、特許は取っただけでは意味がありません。取得した特許は企業経営に活かさないといけない。しかし、弁理士は特許を取得するまでの仕事です。

特許を取得するための弁理士をやっていましたが、取得した特許がどう活かされ、どう利用することで企業経営を良くしていくのか、私はそういうことがやりたかったし、支援をしたかった。これが弁護士の仕事だろうと勝手に定義し、弁護士資格にチャレンジしました。取得した特許を経営に活かすことが出来る弁護士資格も取ったことで、特許取得後の仕事ができるようになったことは自分にとっての大きな強みとなりました。

発明行為もやるの?と問われそうですが、実際にやっています。
お客さんの話を聴きながら、より良い形での特許出願を提案することだけでなく、お客様のビジョンに合わせて将来サービスのモデルを考えていく。このこと自体が発明行為にあたります。もちろん、お客様との会議で生まれた発明は、たとえ私が提案しようと、すべてお客様に原始的に帰属するプロパティであって、そこには譲渡という考え方すらありません。

当時、弁理士資格と弁護士資格を取得していることは貴重な存在でした。差別化を図るためにも、この2つの資格を持っているということは独立する際にもアドバンテージになったと思っています。

法律事務所設立と企業理念

「差別化」・・私の中では非常に重要なキーワードです。
エンジニア、弁理士という自分のバックグラウンドと、技術大国・日本であるにも関わらず、技術に特化した法律事務所はなかったという当時のマーケットを突き合わせて、設立する法律事務所のコンセプトメーキングをしました。大きな法律事務所の中でこれをやるというチョイスもありましたが、このマーケットのポテンシャルは弁護士20人、30人が集まってやらなければカバーできない、技術に強い弁護士を自ら育成し、その集団を形成することが重要だろうと考えました。

小さな規模であればすぐに伝わる企業理念も、弁護士が15人の法律事務所になった2012年当時、だんだん伝わりにくくなりました。それぞれの考えが様々なのが独立事業主である弁護士のいい点でもあるし、世代も違う。統制が利かなくなるのではないかと懸念を抱き、企業理念を掲げることになります。

サービス業なので、「お客様に貢献する」的な企業理念を掲げることが一般的なのでしょうが、我々はあえて「日本の競争力に貢献する」という言葉を選びました。2000年から続けている政府機関との仕事の中で、官民手を取り合って国の競争力を上げていくことが大事なのではないか、それに資するような法律事務所を作るべきではないだろうか、これを私の一生を掛けた仕事にしなければいけないと思い、出来上がった経営理念が「技術法務で日本の競争力に貢献する」です。

※技術法務とは:知財と法務をシームレスにリンクして提供するサービスのこと

技術法務の人材を育てたい

「技術法務で日本の競争力に貢献する」というビジョンを実現するには、20人から30人の弁護士が必要だという肌感覚があって、そんなことに同調してくれる弁護士は当時一人もいなかったから、人を育てる必要があります。そして、人材育成のためには、技術法務の現場を体験・体感することこそが最も効果的なのではないかと考えています。そうすることで、ビジョンの達成が見えてくる。山を登るように1歩ずつですが、山頂に近づいていると思っています。

育成の方法については、マンツーマンで若手の弁護士と仕事をしていきます。会議に出たり、書面を書いたり、そういったことを私とともに体験・体感していただいています。どちらかというと、事務所の成長というよりは、ビジョンへの達成に向けて動いている感覚です。私がそのように指導したメンバーが、新しいメンバーを指導していく。現在のパートナー(60期代前半)はみんなそうやって育ってきたメンバーで、そのメンバーが60期代後半の若手弁護士を同じように育て、輪が広がっていく。そういう循環がほぼ完成しました。これからは、第3世代といわれる60期代後半の弁護士がまだ姿形も見えぬ将来の若手を育てていくフェーズになります。この育成のインフラが整ったことが、この数年の大きな組織上の進歩です。ちなみに、私はすべての若手弁護士と今でもマンツーマンで現場を共有しています。

ライフワークとしての知財経営支援

2004年から取り組んでいる中小企業の知的財産戦略支援プロジェクトはライフワークになっています。それまで、特許庁は企業の経営に対して携わることができなかったのですが、このプロジェクトを通して変革が訪れました。今となってみれば、非連続性の大きい、イノベーティブなプロジェクトの委員長を拝命させていただきました。

知財を使ってどうやって企業の競争力をあげていくかというテーマを長い時間をかけて議論してきました。これを知財経営と言いますが、私にとってこの仕事はとても重要です。技術法務の人材を育てることと、知財経営の支援をすること、この2つは私にとってのライフワークです。なぜならば、「技術法務で日本の競争力に貢献する」という理念を達成するためにこの2つの仕事が欠かせないからです。

技術法務のマーケットを開拓し、更に広げる

10年前、15年前は「技術法務」という言葉もスタイルもありませんでした。弁理士資格と弁護士資格保有者もあまりおらず、そのような者に特化した仕事もありません。差別化は大切だと先ほど言いましたが、差別化しただけではダメでマーケットを創る必要があります。これには時間がかかりました。

断片的なニーズを1つずつ拾ってきました。例えば、技術は持っているけど、どんな特許を取得すれば良いか分からないというニーズ、特許は取得したものの、どう活用すれば良いのか分からないというニーズ。一見すると、別のニーズに見えますが、2つを有機的に繋ぐことで解決する場合もあります。そうすると、知財だけでなく、法務も一緒に取り込むことで目の前に光が差すことに気付いてきます。

企業内でも法務部と知財部が分かれている場合がありますが、本来一つのプロジェクトには、知財・法務が一緒にコミットした方が良いはずです。そういった理論やプラクティスをまとめたものが「技術法務のススメ」になります。

どうやって特許取るの?と言うお客様に対して、こうやって特許取りましょう、そうすればこういった交渉が可能になるので、最終的にはこういう契約条項で合意してもらいましょう、それによって、企業価値をこれだけ上げていきましょう、というような提案は技術法務ならではです。これを物理的にワンストップ、つまり、1人の弁護士がすべてを提供できるようにする。この考え方がスタートアップ支援には非常に重要で、知財と法務、別々の専門家が支援すれば、戦略上の統制も取りづらいし、何よりもダブルコストになります。

技術法務ができる「仲間」を増やしていきたい

日本の競争力にどう貢献するのか、どうやって実現するのかを考えたとき、私にとっての手法が技術法務です。だからこそ、技術法務ができる仲間、技術法務をやりたいと言ってくれる仲間を増やしていきたい。様々な形の技術法務があって然るべきなので、弊所のみの秘伝にしてはならないし、弊所内外を問わず、ノウハウを出し惜しみしようとも思ってもいません。

技術法務の手法・ノウハウに関してはオープンにすることが社会貢献やマーケットへの認知につながるわけで、その中でどうやって勝ち残っていくか、というフェーズに入りました。これまで積み重ねてきた「技術法務」への自信は持っています。15年もこの領域でやっていますので、私自身は1000件を超えるプロジェクトでお客様と関わってきました。その経験値を若手弁護士に伝え、弊所の総合力にしていく、これがこれからの戦略でもあります。

長い時間かかりましたが、技術法務が浸透してきたという実感はあります。もっともっと多くの弁護士にきちんと「技術法務」について分かってもらいたい、知って欲しいと想いがあります。そうすることで、多くの素晴らしい技術を持った企業さんが利用できる世界を作っていきたいです。なので、1人でも多くの仲間を増やすための活動も行っていきます。

弁護士たるもの

訴訟というのは、プロ同士の果し合いの場です。技量がないと勝つことはできません。技量がなかったなら、当然お客様は離れていきます。いくらこれまで、中小企業の知財経営支援をやってきたからと言って、傭兵としての迫力がないと事務所としても格好は付かない。だから大企業を代理して戦い、ときには、大企業を相手に戦ってきました。

そういう意味では
「ケンカが弱いヤツは弁護士じゃない」
と思っていますよ。ケンカが弱い弁護士に案件を頼みたいですか?イヤですよね(笑)弁護士はケンカが強くないとね。

私としては、中小・スタートアップ側に立つ弁護士=大企業と対峙する、という構図ではなく、スタートアップ・中小企業も大企業もWIN-WINになるようにし、もって、日本の競争力を高めていければと考えていますし、そのためのツールが技術法務なのであって、これをもって、「技術法務で日本の競争力に貢献する」ということになると思っております。