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Efficieraで新しいAIのカタチを
-LeapMind市川茂氏インタビュー-

超低消費電力AIアクセラレータIPである「EFFICIERA®」により国内外から注目を集めるAIベンチャーLeapMind。

今回はそのLeapMind株式会社の知財についてIP部門責任者 市川茂氏からお話を伺いました。

― 貴社の事業と技術の概要を教えてください

機械学習を使った新たなデバイスを遍く世に広める」というビジョンを企業理念として掲げて、いわゆるディープラーニングをコンパクトにし、携帯電話・監視カメラなどのエッジデバイスに入るようにする技術(私達はこれを「極小量子化技術」と呼んでいます)を強みにしています。

事業としては実際にAIを動かすための「アクセラレータ」と呼ばれるハードウェア(半導体IP)と、そのハードウェア上で動く「モデル」と呼ばれるソフトウェアの両面の開発を行っています。弊社で開発している「Efficiera」は、このハードウェアとソフトウェアの総称です。

― ハードウェアとソフトウェアを同時に開発するに至った経緯を教えてください

弊社のCEOが自動車のヘッドライトに関して自動で制御するAIを開発した体験が土台となっていると聞いています。
AIのアルゴリズムを開発して商品化しようとした際に、それを載せられる小型のハードウェアがなかったんです。ヘッドライトの制御のためだけに大きなパソコンを搭載するわけにもいかず、小さいハードウェアの必要性を感じたことがきっかけのようですね。
加えて、実際にできるだけ小さいハードウェアの開発を進める上で生まれたのが極小量子化技術ですが、その極端に小さいハードウェアを動かすためには専用のソフトウェアも作らないとお客様に価値が伝わらないと感じ、両方一度に開発するに至ったようです。
別の見方をすれば、小型化したハードウェアがエッジ(端末)に載っただけではお客様の課題を解決できないので、そうすると必然的にお客様の求めるソフトウェアも必要になります。
ですが、CEOは「それぐらい極端に小さくしなければエッジに載せることはできないし、そういう極端なことをするのがスタートアップだろう」といつも熱く語っています。

― 創業した2012年当時、小型AIには相当な技術的ハードルがあったと思いますが…

私も伝え聞きですが、やはり「必要だ」と思ったことが熱意の大きな部分だと思います。

お客様のエッジにすぐに載せるには今のままの技術では無理だったというところでソフトウェア開発と並行する形でハードウェアの開発も始めたんです。Efficiera以前にいくつもプロトタイプ がありましたがうまく行かず…大きく成長してお客さんに出せるようになったのがEfficieraですね。

― Efficieraをはじめとする技術を知財で守るためにどのような施策を取られていますか

ビジネスモデルとしては半導体IPをライセンスしている、つまり一定に制限された条件でつかっていただくという形をとっています。

このモデルだとお客様からすれば「一体何にお金を払っているのか」という疑問が湧いてくるものだと思いますので、「知財ですよ」といえるように、特許を中心とした知財ポートフォリオを構築しています。

また、ディープラーニングを使った様々なアプリケーションを最終的な製品とするまでスタートアップである弊社一社で全て行うことは難しいので、いろいろな企業様と協業しています。

そういった背景から、そのエコシステムの中でどこがビジネスのキーとなるのか、どの技術に力を入れるべきかというのは常に考えるようにしています

例えば、特許の取得に際しては、ビジネス全体から見て大事だと判断すれば、自社製品を使ったアプリケーションの領域に踏み込むような、自社の技術だけでなくそこからもう少し広い視点をもつようにしています。

― AIを載せたデバイス、例えば「AIを搭載した自動車」の特許のようなイメージですか?

すごく表現が難しいのですが、そのたとえで言えば「自動車」のように完全にお客様のデバイスまで包含するというよりは、自動車に搭載するのに最適なインターフェース、自社とお客様の技術をつなぐ切り口の部分の特許を取得するイメージです。

どこまで権利を抑えておくといいのか、例えばLeapMindが自動車まで作ることは当分ないと思いますが、AIの出力先として自動車をターゲットとした特許を考えた場合に、どこまで汎用性があるか、どの部分がビジネスとしてキーとなり得るのかなどを考えて権利を取得します。

どの部分で権利を取得することが将来ビジネスにとって最適かの見極めは難しいこともありますが、大事だと考える技術は積極的に権利化を目指します。

また、権利取得にあたっては最終的には一つの権利ではなく、いくつかの技術をオーバーラップするようにまた多面的に権利化していくということは常々考えています。

― 他にもLeapMindの知財の強みはありますか。

ハードウェアとソフトウェアを両方やっているからこそ、最先端で課題に直面しているところは強みですね

やってみて初めてわかる「うまく行かない」という課題を何とか解決し、これを権利化する。この過程があるからこそ知財が強化できています。最先端の課題をまず権利化できればそこから広げていけますしね。

他にもプログラムの著作権(ライセンス表記)はどうするか、ライセンスにあたってどういう契約をお客様に打診するかといった部分を、ビジネスのポイントを抑えつつ細かく調整していくことも強みかなと思っています。

一般的なソフトウェアとは違い、ディープラーニング分野はオープンプラットフォームがとても強いです。したがってGoogleやFacebookのオープンソースを使うのがスタンダードになっており、ソフトウェアを作ってもどうしてもオープンになる部分が出てきてしまいます。

ソフトウェアは通常中身が見えないように製作するのですが、オープンソースを使うと一部の公開が不可避です。ここをどう守るかというのは常に考えています。

難題ではありますが、ディープラーニングを使ったビジネスをしていく、特にお客様も使えるものを出していく際には大事なポイントになると思います。

また、自社製品をどのような権利で保護しているか、という点についてソフトウェアなら著作権、ハードウェアなら特許権と機械的に分けるのではなく、それぞれの権利のメリット・デメリットを考えてなるべく両方で保護できるように権利の範囲を考えています

著作権だけだと回避されてしまう場合でも、特許と組み合わせると回避が難しくなるという場面もあります。できる限り権利の範囲をかぶせていく、というのをモットーにしています。

ソフトウェアは通常中身が見えないので、特許を取ってオープンにすると問題がある場合もあるのですが、ディープラーニング領域ではオープンソースを使っているからこそ、今までのソフトウェア特許とはオープンの範囲についての前提が異なりやり方が変わってくるかなと思いますね。

Efficieraは「アクセラレータIP」とのことですが、半導体の回路(IP)と語源が同じ「知的財産(Intellectual Property)」を重視する意識は社内にありますか?

半導体回路と知財、いずれも同じ「IP」という表現をするので私も「IP」、「Intellectual Property」と聞くと混乱することもあります(笑)。

半導体IPは、設計情報であっていわゆるデータで、非常にコピーされやすいものです。ここについて開発企業の財産であることを示すために「IP」という言葉を使っているのかなと私自身は理解をしています。

これまで半導体IPを製品としてライセンスする、というのは企業にとってごく自然な考えで、半導体IPを「財産」として活用することは行われていました。社内の半導体関係の方はそのころから意識高く取り組まれていたと聞いています。

一方、会社全体としては知的財産を保護するという意識が当初から特別強いわけではなかったようです。半導体IPを実際にライセンスする、というタイミングで半導体IPを知財のIPとしてどのように保護していくかということを意識し始めたようですね。

 現在社内では「著作権で保護されているものへ重ねて特許を取る必要性」などの知財に対する意識付けを進めてきています。

― これらの意識を変えるきっかけがIPASだったのですね。

はい。IPASに応募したころ私は入社していなかったのですが、Efficieraを製品化し、半導体IPをライセンスする前段階として応募をしたようです。

社内で知財の観点がまだまだ醸成されていない当時は、ライセンスビジネスの経験があるメンバーでも実際にどうやってライセンスビジネスを進めるかという点で迷うところが多かったと聞いています。

IPASでメンタリングを受けて、なんとなく「契約書を交わして、技術をライセンスしていく」といったようなフローや社内でモヤっとしていた抽象的な部分を具体的に固めていくことができました。自社の技術概要・強みといった部分からビジネスの進め方などかなり経営の部分にも踏み込んだアドバイス・サポートをいただいていたようですね。

知財についてはどの範囲まで特許権で押さえるか等もアドバイスをいただいていたと聞いています。

― IPASを通じて知財を活用する機運が醸成されたということでしょうか

そうですね。IPASのプログラムを受けてからCEO含む経営層が知財について意識が変わった、知財の重要性を認識するようになったということも聞いています。

もう一つきっかけとして大きかったのは知財専門の部署を作ったことです。その創設に伴って私が入社したのですが、ライセンスビジネスをしていくのであれば知財の専門家を社内に置いて、自社の特許や知財の価値を発揮できるような体制構築の重要性を感じたようです。実際に知財部という組織ができたことで、知財の認識について会社にインパクトはあったのかなと思っています。

最近では社員の意識が「知財が大事だ」というところから進んで、著作権、特許権それぞれの権利としての強み、弱みや活かし方まで認識されてくるようになりましたね。どのように知財を活用するのかというところで経営層と意見交換をするようにもなり、どんどん意識が変わっているのを感じています。

経営層との意見交換等、知財と経営の距離を近づけるのにご苦労はありませんでしたか?

経営に対しては、私の方から知財に関する情報を発信するようにしています。3Cや5Fなどのフレームワークを使って、自社が競合との関係でどういう位置づけにあるからこういった知財が大事になるとか、こういう知財形成をしていきたい、といった発信をしています。それを聞いた経営陣としてはこういった形で知財が使えるんだという風に思ってもらえるし、開発チームにはそこにフィットする特許のアイディアを考えてもらえています。

 現在は経営陣や開発から「もう少しこうしてほしい」というようなフィードバックをもらえるかなと思い、自発的に「知財はこう使えます」、「こう使っています」ということを発信していくようにしています。

私個人の考えですが、ミスコミュニケーションの原因は、知財側が経営側に歩み寄れていないことにあると思います

知財部は技術に詳しい発明者から話を聞く機会は多く、開発の状況を把握できるのですが、経営側はやはり偉い人なのもあって話を聞く機会があまりありませんでした。そういう状態ではコミュニケーションの課題はどうしてもできてしまいます。こういった場面では経営側・知財部側双方の歩み寄りではなく、特に知財部側の歩み寄りが必要だと思います。

― 発信を積極的に行うようになったきっかけは何でしたか?

経営層に向けた積極的な発信も、先ほどの問題意識、知財からの歩み寄りに起因しています。どうやったら知財を社内に普及できるかということを担当の役員さんと日々お話しして、「思ったことは日々発信していこう」という結論になりました。

よく事業計画の中でそれに合わせるように知財戦略がある、という位置づけがされますが、弊社はスタートアップなので両者の位置づけはフラットでいいんじゃないかと思い、まず仮にでも知財をどうするかを決めておいて事業計画とずれていればその都度クイックに修正を繰り返す、という進め方の一環として発信を始めました。

それなりの費用がかかる特許などの知財の重要性をすぐに理解してもらうのは難しいです。はじめの頃は全社研修を中心に手探りでやっていたのですが、リモート中心の全社研修で、思ったより理解の浸透に時間がかかっていることを感じました。そこで、もういっそということで経営層にターゲットを絞って直接知財研修を行いました。知財はこう使いますとか、こう取得すべきとか、響きそうな具体例を含めた内容で、それなりの効果はあったと思います。

研修後にフィードバックを頂くとそもそも知財の認識に誤解があったこともあります。特許となる発明のハードルについて話すと「それで特許が取れるならどんどん取らないとまずいね」というような意識を持っていただけたので、そういった情報をポイントを抑えて話せたのはよかったと思います。

― 誤解の内容としてはどういったものがありましたか

一番初期の段階ですと、特許を同じ領域で重ねて取れる、下位概念として複数の特許を取ることができるということを知らないということがありましたね。トップメーカーがたくさん特許を出しているのはそれがひとつの理由ですよ、と説明すると、小さな差で複数特許が取れるとは知らなかったと。そういった特許となる発明の範囲で誤解がありましたね。

他にも著作権の範囲の誤解もありました。著作権は対象となっている物にしか権利行使ができず範囲が狭いんですよ、というテーマにもリアクションがありましたね。

他のテーマですと、みなさん普段から論文を見ているので、「論文にならない技術を特許にできるのか」という風に論文がサブミットされる基準で特許を考える、ということがありました。ここではAppleやAmazonの具体的な特許を引き合いに出しながら、技術的なハードルの高さと特許を取得できるハードルの高さは違いますよということを示したりしました。

知財は痛い目を見てから急にリテラシーが上がる、ということがありますが、痛い目を見てからでは遅いので、なるべくイメージしやすいように自社に近い具体例を使って説明しています。

発信にあたっては、3か月に一回ほど全社会議があるので、そこで積極的に知財のことを話すということをやっています。例えば「こんな特許が取れました」と紙一枚分でもいいから提出しています。

― 今後の展開についてお聞かせください

今後注力していく分野は画像処理ですね。既に物体検知のモデルについては提供中で、今後はノイズ除去や異常検知モデルも展開していきます。

また、2021年12月にEfficieraが第二世代にバージョンアップします。今まではFPGAへの実装を対象としていましたが、バージョン2ではその対象をFPGAだけでなくASIC/ASSPにも拡張し、汎用範囲が広がっていきます。

FPGAはプログラマブルなのですが、ASICは大量生産向きの仕様です。演算速度も上がっており、Efficieraが搭載できるものが増えていく予定です。

今までは工場の生産ラインですとか建築現場の異常検知などのユーザーケースがありますが、さらに活躍の幅を広げていくことになります。

LeapMind社のAIによるノイズ除去技術