width=

知的財産のあるべき姿を体現し、生涯現役で

人には歴史がある。積み重ねてきた時間がその人の人生であり、ストーリーだ。

知的財産、特許という言葉は一見すると小難しくて、聞いたことはあるものの拒否反応が起こりそうな言葉でもある。しかし人間の知的創造活動の成果を守り、経済及び産業の発展に対して貢献する知財弁護士は、なくてはならない存在であり、日本の守護神とも言える存在だ。

知的財産、特許、そして弁護士という職業に出会い、活躍しているビジネスパーソンから学ぶパテントストーリー。どんな歴史を作り、そしてどんな歴史をこれから作るのか?一歩先を行く、知的財産の賢者に話を聞く。

今回は、裁判官として膨大な数の裁判を取り扱い、数々の著名判決を残した後に、弁護士に職を変え、特許訴訟や大規模訴訟を中心に数多くの事件において訴訟代理人を務めてきた知財の権威、三村小松山縣法律事務所の三村量一氏にお話を伺った。

三村先生のプロフィール

1977年 東京大学法学部卒業
1979-1989年 東京地方裁判所判事補、最高裁判所事務総民事局付、旭川地方家庭裁判所判事補
1981-1983年 ドイツ連邦共和国ケルン大学留学 The University of Cologne 留学
1989-1993年 東京地方裁判所判事〔1989-1991年 知的財産部〕
1993-1998年 最高裁判所調査官〔知的財産事件、一般民事事件〕
1998-2005年 東京地方裁判所判事〔知的財産部裁判長〕
2005-2008年 知的財産高等裁判所判事
2008-2009年 東京高等裁判所判事
2009年 第一東京弁護士会登録
2009-2019年 長島・大野・常松法律事務所パートナー
2010年- 早稲田大学大学院法務研究科客員教授
2018年 知財功労賞 経済産業大臣表彰 受賞
2019年 三村小松法律事務所設立

法学との出会い

我が家は理工系の家系で、父は建設省の技術系公務員であり、父方・母方の祖父はいずれも理工系の大学教授でした。このうち、父方の祖父・三村剛昂(よしたか)は湯川秀樹博士等と親交のある、その分野では著名な理論物理学者でした。

在学していた高校(東京教育大附属駒場高校)の雰囲気から自然と東京大学への進学を考えるようになりましたが、とんでもなく数学ができる同級生(現・東京大学工学部教授)がいたので、これはかなわないと思って、理工系の道を進むことをやめました。もっとも、自分の専門分野を持ちたいと考えて、法律のプロフェッショナルになろうと、法学の道に進むことを決めました。

高校時代にドイツ語を習う機会があり、大学ではドイツ語既習クラスに属するなど、通常よりもドイツ語の知識があったこともあって、行政官・裁判官のための留学制度を利用して1981年から2年間ドイツに留学しました。法律の世界はいまだにドイツの存在感が強いのですが、それは日本の法律がほとんどドイツをルーツとするという事情があるためです。

三ヶ月章先生(東大教授)から、法律学を学ぶならドイツに行くべきだろうというアドバイスをいただき、ケルン大学に留学することにしました。個人的にとても尊敬している倉田卓次判事も、ドイツに留学されていたので、ドイツ行きの背中を押してくれました。大学に通うかたわら、ドイツの地方裁判所や行政裁判所を訪れて、裁判官の仕事を見学しました。

知財との出会い

もともと、知財には興味がありました。旭川地裁に勤務していた際、たまたま同地裁の所長をしていた元木伸判事が東京地裁特許部の裁判長の経験があり、「知財は面白い!」という話を聞かされて、東京地裁に異動した際に特許部(現在の知的財産部)に所属することになりました。

当時(1989年)は、知財自体が一般的でなく、東京地裁の担当部も「知財部」とはいわず「特許部」という名称でした。周囲からは、「何故、特許部に行くの?」と不思議がられたものですが、結果的には元木判事に感謝しなければなりません。

青色発光ダイオードの判決について

正直、マスコミ対応が大変だったという印象が強いです(笑)。

200億円というと、確かにセンセーショナルだったかもしれません。日立や東芝の事件とは違って、地方の中小企業がまたたく間に世界企業に成長したという例外的なケースであるということを、判決の際にも法廷で言ったのですが、マスコミには金額の大きさばかり取り上げられてしまいました。

社内の技術的蓄積がある歴史的な企業の場合は、先人の蓄積あっての発明なので、特許による利益での貢献度において企業99%、発明者1%といったことも少なくありませんが、LED分野での躍進によって突然年商数百億円規模に成長した企業を、同列に論ずることはできないということです。レアケースだということをきちんと説明したにもかかわらず、マスコミはそこをカットしちゃうので、困りましたね。

その後に耳にした話ですが、技術系の人たちは、会社の技術部門であっても優れた発明をすれば報われる、これまではどんな発明をしても金一封だったのが、法律に基づいて運用されればきちんとした形で貢献の対価が返ってくるということで、勇気づけられたと聞きました。そういった意味では、この判決で知財の流れを変えることができたかな、と思っています。

知的財産高等裁判所設立について

東京高裁の4つの知財部が1つになり独立した裁判所になったことで、知財専門の裁判所である知的財産高等裁判所ができました。

海外からもお客さんが来るようになりましたし、1つの独立した裁判所として、対応し、対外発信することができるようになったのは、とても良いことでした。そして、これまでバラバラだった知財部が、同じフロアで仕事するようになって、連帯感が生まれたのも、良い結果でした。

海外から見れば、日本も独立した裁判所を作ったということで、知財に力を入れているという見え方はしたのだろうと思います。我々としても、それに応えなきゃという意識があったので、日本の知財訴訟ではこういう工夫をしていますといった内容の情報発信を行いました。数年前からは、知財高裁が主催者として、欧米、アジアの裁判官を招聘してシンポジウムを開催しています。

判事から弁護士へ

30年間、裁判官として執務してきました。そのうち17年は知財事件を担当しています。2008年4月に知財の現場から離れて東京高裁に異動したこともあり、2009年に思いきって弁護士へ転身しました。

知財事件の現場感覚を失いたくないと思ったのと、知財分野の経験を生かしたいと思ったのが、大きな理由です。ひと言で言えば、「知財」という自分の好きな専門分野での仕事を続けたいと思った訳です。弁護士になれば定年もありませんしね(笑)。

あとは、65歳の裁判官定年退官後に転身するのと55歳で転身するのとでは大きく違うと考えました。55歳から弁護士をやることで、弁護士としての仕事の質は大きく変わるのではないかと。現場感覚を大事にするのであれば、早い方が良いだろうと思いました。

知財に対する想い

知財は大変おもしろい分野です。法律は全般的に専門性があっておもしろいのですが、特に知財はおもしろいです。1つには、法律改正が頻繁に行われますし、最高裁判決も数が少ないので、判決を書く際にオリジナリティーを発揮できます。一般民事事件で大審院の判例まで遡って調べることも大切ですが、自らが改正法の最初の判決を出すということに頭を使うほうがおもしろいですよ。法創造的な仕事ができる機会が多いということですね。

もう1つは通常の民事事件をやるよりも、好奇心が満たされます。少なくとも、あの会社の裏帳簿はこうなっています・・・ということを知るよりも、新しい発明や著作物に関する知識として、好奇心を満たせますし、ポジティブな経験として次に生かせるのではないかと(笑)。

あとは、経済的なビジネスの世界に裁判官が関与できるのは知財かなと、もちろん独禁法や倒産等もそうですが、そういった分野よりも個別の事件に特色があって、おもしろいです。

知財は、国際的に共通の話題での話ができるメリットもあります。他の国の弁護士同士、裁判官同士、言ってみれば法律家同士が同じ法律上のテーマで議論ができるのは発展的です。国によって法律は多少異なりますが、知財法の内容や知財訴訟の枠組みはほぼ同じなので、外国の法律家と会話をしていて、とてもおもしろいと感じます。 学者の研究会に弁護士や裁判官が参加することもあります。

他の分野、例えば労働事件や医療過誤事件、交通事故事件などの分野では、裁判官と弁護士が同じ研究会で議論することは考えられないことですが、知財の分野では普通に行われていることです。企業も弁護士も、原告側になることもあれば被告側になることもあるので、オープンに参加して議論しています。こういうところも知財の魅力かなと。

企業の知財対策

知財を何に使うのか?というグランドデザインがまず重要です。例えば、何のために特許を出願するのか、何のために商標を出願するのか、まずはここからスタートすべきです。昔は特許を多く持っていれば「良し」とされていましたが、それでは「何のために」が抜け落ちてしまうので、不十分です。かと言って、技術はあるが特許はないという状態も、良くありません。したがって、企業側が知財に対して行うべき対策は

  • 何のために出願するのかを意識する
  • 訴訟対策のための、知的財産権の取得を考える
  • 知的財産権がない場合、他社から買うことも視野にいれる

知財に対して無防備な状態は良くないということです。 あとは、後に裁判になったとすると証拠が必要になるので、出願だけではなく証拠を残しましょうということをお伝えしたいです。例えば職務発明であれば、誰が発明したのか、誰がどれだけ寄与したのかを分かる形で残しておかないといけません。言うならば、攻めの知財も守りの知財も考える必要がある、ということです。

企業が知財のマネタイズするには

企業によって知財部の位置付けが違うので一概に言えませんが、多くは法務部の下か、もしくは同列で組織化されていると思います。そこで残念だなと思うのは、知財意識の強い方達がせっかく揃っているにもかかわらず、人事異動してしまうことです。企業も長い目で見た場合には、知財に強い人財を長く育ててもらう方が、結果としてリターンが大きくなるのではないかと考えています。

目先の裁判に勝つことはもちろん大切ですが、もっと長い目で見て、知財人財を育てる所にも目を向けて頂けると、弁護士の立場から見て、とても仕事がしやすいです。

積み重ねてきたキャリアで最も記憶に残っている仕事

特許権の均等侵害特許権の消尽については、リーディングケースとなる最高裁判決に最高裁調査官として関与しました。この分野については、自らも東京地裁の裁判長として判決を書いたりして、フォローしました。

例えば、写ルンです事件やキヤノンのインクカートリッジ事件等の特許の消尽に関する事件に、裁判官として関与しました。特許権の均等侵害や消尽については、企業の方から意見書作成の依頼等を数多く頂いています。この分野では、論文も多いですし、各方面で意見を重視して頂いていると思います。

均等侵害:特許権の範囲は、「特許請求の範囲」に記載された構成要件によって決定される。特許請求の範囲の請求項に記載された構成要件を全て備えた物(や方法)であれば、権利範囲(技術的範囲)に入り、その物を特許権者に無断で製造販売などすれば特許権侵害となる。しかし、たとえ文言の上では構成要件を備えていなくとも、実質的に特許発明を模倣している場合を侵害でないとすれば、特許権者を実質的な模倣から保護することができなくなる。そこで、上記のような場合を侵害とする判例上の理論が均等侵害。

消尽:ある物について権利者が知的財産権を一度行使することによって、その知的財産権がその物については目的を達成して尽き、それ以降その物に権利者の知的財産権が及ばなくなる状態になること。

写ルンです事件:http://www.wada-pat.jp/hanrei/hanrei-1.htm
キヤノンインクタンク事件:https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/200604news.html

コロナと知財

2020年4月1日、三村小松法律事務所にマーベリック法律事務所が加わり、「三村小松山縣法律事務所」と事務所名も一新しました。

せっかく一緒になったので、お披露目にフォーラムかセミナーみたいなことをやって、パーティーでもと思っていたのですが、コロナ禍でそういったことが一切できませんでした。ホームページを立ち上げて、メールでご挨拶することぐらいはしたのですが。。。宣伝活動ができなかったことは、仕方ないですが、残念でした。

コロナ禍によって、技術が大事、テレワーク大事というのは雰囲気としてありますし、IT系の企業は元気ですね。現在、早稲田大学法科大学院の客員教授として知財法を学生に教えていますが、授業はオンラインでやっています。国際会議だってWebでできてしまいます。

あとは端的に、薬って大事だなって分かりましたね。幾らコストが掛かろうが、必要な医薬品は開発しなければなりません。このご時世に、仮に特許権を取得したからといって諸外国にコロナのワクチンや治療薬を渡しませんという訳にはいかないでしょう。日本ではまだ使われたことがありませんが、コロナ禍の状況においては、「強制実施権」がいくつかの国で発動される可能性も十分にあると思っています。

仕事のやり方も変化しています。弊事務所では広く在宅勤務を認めています。Web会議で済むのであれば、わざわざ事務所に出てくる必要はありません。しかし、必要な場合には事務所に出てきます。柔軟な対応を取っている状況です。

強制実施権:医薬品に限らず、公益上必要な場合には、経産大臣の裁定により、特許権者の承諾を得ることなく、第三者が特許発明の実施をすることが可能となる(特許法93条)。

今後の知財について

知財の分野は間違いなく、今後も発展していきます。

知財をやりたい若い弁護士は、海外に出て経験を積んでもらいたいです。特許庁はかなり国際交流が進んでいるので、法曹の分野でも、若者が海外経験を積んで、国際知財弁護士が増えてくれることを願っています。

また、人事の問題もありますが、専門分野の裁判官が増えると良いなと思います。ドイツやアメリカでは、知財の裁判官といえば、基本的に長く続けることになるのですが、日本でもそういった仕組みになってくれると嬉しいです。

知財のあるべき姿として、学者・裁判官・弁護士が対話しながらお互いを高める取り組みを続けていくことで、知財の未来は開けていくように思います。

大学教授・弁護士である玉井先生、元裁判官で現弁護士の私、そして三村小松山縣法律事務所の弁護士陣

知財のあるべき姿を体現したのが、この事務所です。

私もまだまだ若いので、第一線で頑張っていきます。