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「企業にとって知財はすべてビジネス」
『知的財産専門グループ』サン・グループインタビュー  会長  弁理士 藤本 昇 編

会長:藤本 昇
1969年  関西大学法学部卒業
1974年  藤本昇特許事務所開設、その後知財調査を専門とする株式会社ネットス、知財教育などを行う株式会社パトラを設立
1994年  日本弁理士会副会長
2002年  黄綬褒章受章
2017年  特許業務法人 藤本パートナーズ設立
2022年  弁理士法改正に伴い「弁理士法人 藤本パートナーズ」に名称変更

知的財産分野の紛争・訴訟では我が国トップクラスの実績を持ち、意匠分野では我が国の第一人者である。日本知的財産協会等、各種団体や企業、大学等の講師を務めている。主な著作物に「中国デザイン関連法」(発明推進協会発行)や、「これで分かる意匠(デザイン)の戦略実務」(発明推進協会発行)や数多くの論文などがある。

知財との出会い ― 弁理士になるまで

知財との出会いは、大学3年の頃です。

就職活動をする時期になり、弁護士をやっていた従兄弟に相談をしたときに、弁理士事務所を経営している弁理士の存在を紹介してもらいました。私が弁理士という道を選択したきっかけです。

私の時代はサラリーマンか公務員かあとは弁護士のような資格をとるという選択肢が王道だったこともあり、士業である弁理士に興味が湧きました。どんな職業だろうと思い、すぐに大学の図書館に足を運び、弁理士について調べました。

実際調べてみると、海外と関わることも多く将来性がある職業だと書かれており、お金も儲かりそうだと思ったこともあって、大学3年の後半から弁理士の資格試験の勉強をはじめました。当時受験生が2500人ほどで、合格者が50名くらいという時代で、私は大学を出た翌年に合格しました。大学4年時からはほとんど勉強ばかりしていましたね。勉強時間は1日10時間から多いときは20時間くらいでした。23歳で弁理士になって現在に至ります。

昇氏は23歳で弁理士に。合格後の業務は・・・

弁理士試験合格後は、弁理士を知るきっかけとなった従兄弟の友人の特許事務所で3年間実務を経験しました。

その当時、大阪といえば松下電器、シャープ、三洋電機等の弱電メーカーがどんどん特許出願をしている時代でした。

私も当時松下の特許出願を代理する仕事をしていました。事務所が月に20件程受任して、私が5件から10件担当して・・・といった具合でした。

正直、松下クラスの発明者の方が書いてくるドラフトは、ほとんどできていたので、誤記修正やクレームの範囲チェックするのが基本的な業務でした。それで1件終わりです。なので、1カ月で10件でも書けたわけです。

ちなみに、友人は多いときは1カ月で25件の出願をしていました(笑)。1カ月ですよ、今では考えられないです。

当時はそういう時代で、企業の方も「出願だけして権利だけ取ればいい」と。「権利の中身はどうでもいい」と。要は数の競争です。そういう時代だったんです。

そうしているうちに、ある中小企業の社長から「藤本先生、こういうのを考えたんだが権利を取ってくれないか」という依頼が来ました。その案件は特許だけでなく実用新案、意匠、商標に関する相談も全て私に一任されましたので、どのように出願するのが保護戦略としてよいのか考えました。

そのときに、「あ、これが弁理士の仕事だな」「こういう仕事をしたい」と思い、3年で事務所を辞めて独立しました。

中小企業のサポートに集中するため、大手には営業をはじめ一切なにもしなかったです。

当時、大企業を回れば仕事をもらえたかもしれませんが、中小に集中して営業に回りました。

依頼を受けているうちに、調査依頼もあり自分で調査をしましたが、これは専門家を養成すべきであると考え、そこで調査をするためにネットスという会社を37年前につくりました。

その後、企業の人材教育をしないといけないと感じたことから、パトラという知財教育の会社もつくりました。

事務所と、ネットスとパトラの3つのグループだから「サン・グループ」と称しました。

当て字で「SUN GROUP」としていることから、「太陽のSUNでしょ?」といわれることが多いですが実は違います(笑)

「量より質」へ。知財業界の変遷

今年で弁理士53年目になり、その間、日本弁理士会の副会長も経験するなかで知財業界の変遷も長年見てきました。

クライアントからの依頼も時代によって変化しており、バブルがはじけたあたりから、特許は「量より質」といわれ始めました。

「量から質」という大きなトレンド転換のなかで、依頼内容としても侵害成否や無効可否の鑑定や紛争関係が多くなっていきました。「似たような製品が出ているから警告してくれ」という依頼や「警告された」との相談も増え、最終的に訴訟になるケースも増えてきました。

開業10年もたつと大阪地裁に係属した知財訴訟事件のうち1割は私の事務所がやっているというような状況でしたね(笑)。

当時弁理士は私一人でしたので、弁護士さんと一緒に全部やっていました。

もちろん業務時間は増え、昼は訴訟関係の仕事でいっぱいでしたので、特許の明細書を書く時間はなく、家に帰ってから夜に書いてました。ほとんど徹夜したりして(笑)

裁判を経験し、はじめて見えてくる「本当に大切なこと」

実は、裁判を経験して初めて「明細書をどう書くか」というところに気づかされるんですね。

知財の侵害訴訟をやってはじめてみえてくるんです。

権利化だけやっていて、訴訟はやったことがないという弁理士が大多数ですが、それではだめです。

もう一度言いますが、知的財産の侵害訴訟をやってはじめて「請求の範囲はどうあるべきか」、「出願戦略はどうあるべきか」等ということが見えてくるんです。

僕から言わせると、特許をはじめとする知財は、企業のお金になり、企業のビジネスに貢献しない限り何の役にもたたないんです。それが僕の哲学です。

「1000件特許をもっています」それがどうした?と。

知的財産協会などでも「経営に資する」という言葉を使っていますが、私は50年前からその方針です。

知財部門から経営へ。知財部のキャリアパスについて

私は数年前から企業の経営陣を対象に「知財の重要性について」セミナーをやっていますので経営層とのかかわりは多いです。

現在迄、特許部長が取締役になったケースは武田薬品さんやキヤノンさんなど非常に限られています。

技術部長が取締役になるケースはあるのに、知財部長や特許部長が取締役になるケースは少ないんです。これは会社にとって知財の重要性が理解されていないことが原因なのではないかと感じます。

アメリカやドイツは知財部門出身者が役員になるケースも珍しくないんですが、日本においては知財部門のキャリアパスに「経営層」がないことが多いです。

その差は、根本的に文化が違うことが理由ではないかと思います。アメリカはレーガン大統領になってアンチパテントからプロパテントに変わりました。そうしてシリコンバレーが生まれたという経緯があります。アメリカは経営陣だけでなく、政治家もソフトやイノベーションの価値を重視しているんです。

ただ、日本も近年意識が変わってきているなと思います。

海外との知財紛争を通して変化してきたのではないかと思いますね。

海外訴訟だと弁護士報酬が何億というレベルでかかります。中には損害額が何百億というケースもあり、日本と比べてかなり高いんです。日本の裁判では数千万か、いっても数億(最近約27億の判決あり)でしょう。根底の文化に大きな差があるからこれだけ違いがでるんです。日本企業の場合だと負けても企業の留保金で払えばいいでしょうとなる。

とくに大企業はそういう考え方があったように思いますが、最近は海外の紛争を通して目覚めてきたという印象です(笑) すなわち知財リスクが経営の最重要課題の一要素となっています。

ファクターは技術革新

最近はトヨタとソフトバンク、ホンダと楽天が提携するといった具合に、ハードとソフトが複合的に絡んできているので、モノの特許だけではダメな時代です。

ソフトの会社から自動車会社に対して特許権侵害訴訟が起こされるような時代です。

今はハードだけではない。ソフトと絡めてどのように特許出願するかを常に考えないといけません。

たとえば、靴にセンサーをいれて、健康状態を読み取り、医学的に活用するという取り組みも行われています。「運動のための履物」に「健康」というものが掛け合わされています。

技術の複合化・多様化・融合化と特許の絡みかたを意識して出願戦略や侵害調査をやらなければならないのです。

依頼されたことだけをやっていてはいけない

依頼されたことや、言われたことだけやるのは、はっきり言ってBクラス人材なんですよ。

事業を意識して出願戦略まで考えられる「Aクラス人材」を企業が何人抱えているか。そういうことなんですよ。サン・グループとしてもAクラスの人材をいかに育成して、Aクラス人材で人材構成するかというところに力を入れています。

思い出に残った仕事

おにぎりの包装袋の案件です。あれは長野県飯田市のお総菜屋さんが発明したもので、それを私の顧問先である大阪の会社がTVCMをうったら爆発的に売れたんです。この件でその会社は上場までいったんですから売れ行きといったらすごいものがありました。

あるとき、S社という東京の大企業がよく似た包装袋のおにぎりを発売したんです。そこで、私の方で弁護士と一緒になり大阪地裁に訴訟を起こしました。その訴訟だけでも4件やりました。一方では、同事件で無効審判をやられて、審決取消訴訟もやられました。

当時、S社の売上が1日でおにぎり85万個。1個平均120円で、それを365日で掛けてみてください。すごい額になると思います。売上がすごいんですよ。

私としては最終的には60億請求する予定でしたが、印紙代の関係でまずは14億請求しました。するとある日訴訟の相手方のS社の役員から連絡が入り、翌日私の事務所に訪ねてきたんです。

何の話かと思っていたら、現在継続中の大阪地裁の侵害訴訟についてでした。

この訴訟を和解で解決して欲しい、和解金として10億円払うと。

もちろん私は代理人ですから、依頼企業の社長にすぐに連絡しました。

「社長、相手は10億円払うというてますが、どうします?」と。

すると、社長は「5億でええ」といいました。

なぜか?と思うかもしれませんが、そこはやはり大阪の商売人で、10億もらっても税金でとられるだけだと。現金は5億でいい。ただし、その会社は食品機械のメーカーだから被告に食品機械を購入する取引ができるようにしてくれということになり、その結果取引契約が成立し和解となりました。取引契約を条件に5億円で和解しました。

その1年後、当時私が訴えたS社が別件で第三者から特許権侵害訴訟で訴えられたんです。すると、S社は私に訴訟の依頼をしてきました。S社は東京で私は大阪だったこともあり、「東京の弁護士に依頼してくれ」といいましたが、「おにぎりに関しては藤本先生だ」ということで私が受けさせていただきました。もちろんそれも勝訴しました。

先ほどのような、取引を和解条項に入れるという解決方法は、メーカー同士などの完全な競争相手では行うことができない方法ですが、当時のケースはうまく取引ができそうな相手だったのです。

卸売りとメーカーだったので実現した和解だと思います。

全てビジネスなんです。

裁判はあくまで手段、常にビジネスである。

繰り返しになりますが、企業は全てビジネスなんです。たまに、訴訟のためのみに細かいことをガタガタいう弁護士や弁理士さんもいますが、それは、企業のためになりますか?と問いたい。

企業のためにやっているかということ。自分の金もうけのためにやっているという姿勢ではダメ。企業の利益になるようにサポートするのが弁理士です。

私は現在迄、知財関係侵害訴訟160件以上経験しましたが、これらの訴訟経験によって知財を企業に如何に役立てるかを常々考えてきました。

企業が知財を積極的に活用していくために

特許は取るのが目的ではない。権利化によって独占できるところが最大の効果。独占禁止法の唯一の例外が特許法。独占できたら企業は儲かります。価格競争の必要もありません。

業界において、先発企業だとしても特許戦略がまずいとうまくいきません。

数年前の話ですが、「同業者がこの商品を独占して大儲けしているが、当社ではできないのか」と、社長に言われた知財部長が相談に来たことがありました。

その際、私どものネットス社で調査をし、事務所で他社の特許を徹底して分析し、約1年間検討した結果、特許からの抜け道(回避策)があることをみつけ商品開発をしました。

調査会社で調査をし、弁理士が特許権の範囲から抜け道を探す。どちらの機能もあるサン・グループではそれが可能なのです。

正にサン・グループは、知財情報の調査・分析をネットスが行い、その結果を判断(侵害成否、特許の有効性等)するのが藤本パートナーズ。これがグループの強みです。

先ほども言いましたが、100点満点の特許はないんです。

我々弁理士からすると、回避策は必ずあると考えて特許を分析することが重要なんです。

最近は企業間競争が、グローバル化して厳しくなってきています。競争相手を潰すために特許等知財が有効です。徹底的に競争相手を潰さないといけないんです。

特許等知財は戦争だと思っています。どんな武器をもっているか。相手を倒せるかどうか。

特許は競争を勝ち抜くためのツールなんです。そういう意識を持って知財戦略を考えないとダメでしょう。

今後益々知財戦略が重要となります。企業にとって第一義的には権利化ですが、第二義的には権利を有効活用して企業の利益に結びつけることです。

一方、代理人である弁理士は企業のための利益代表として業務遂行するべきです。

注目している分野

医療関係、介護福祉関係、並びにIT分野の関係が成長しているように実感します。メタバースの世界も発展してきています。メタバース分野は法律的にどうなるかわかりませんが。

メタバース関係の特許出願等はまだまだこれからという印象です。法律がまだ整備されておらず審議会が議論している最中ですので、今のうちに目をつけておくというのもいいかもしれません。

たとえば、台湾では法整備が早かったのでメタバース関係の特許や意匠出願等が増えています。

知財分野では、従来ほとんどの企業が特許重視型であったが、最近ではデザイン(意匠)を重視する企業や知財ミックス戦略を重視する企業が増えています。

これからの時代はデザインで勝負する時代であると公言する企業もあります。

知財業界を志す方へひとこと

私が弁理士会の副会長をやっていた頃は全国の弁理士が約3400人でしたが、現在は約1万2000人に増えてきている。

一方で、20年前は弁理士の受験生が1万人いましたが今は4000人を切っており、減っています。

弁理士や特許事務所に魅力がなくなってきたと感じる人も増えたのかもしれないが、私の長い経験と考えからいうと、こんなに面白い世界はないと思う。「喧嘩が好きな人は来い」と。戦争なんです、もちろん本当に暴力をふるうわけではないですが(笑)、頭脳を使ってする喧嘩が好きな人はこの世界に来いといいたい。大学がどこ出たかとかはどうでもいい、「頭を使えるか」です。

どういう武器をつくったらいいかというような、頭が回る人や先を読める人は是非この業界に来てほしい。

私の事務所でもそういう「頭が使える人間」や「先見性のある人」が欲しい。

活躍のフィールドもグローバルです、ビジネスとして非常に面白いですよ。

国際的にも海外企業や海外の代理人(弁護士・弁理士)と友好関係を持つこともできますので、国際に興味のある人はぜひ知財業界、弁理士業界に入って来て下さい。

「夢がある世界」です。

サン・グループ:https://sun-group.co.jp/

YouTube: https://www.youtube.com/@sun-group