知財との出会い
大学では薬学部に通っていましたので、周りは修士課程に進んでいる人が多かったです。一方で自分には、他の人たちと同じような道に進むのは 面白くないという考えがもともとありました。少し違う方向の進路を検討していた時に、幼い頃から「人の役に立つのが嬉しい」という想いを抱いていたことを思い出し、国家公務員を目指そうと決めました。
国家公務員試験を受けた時期は、ちょうど知的財産戦略会議が設立されるなど知財の世界が盛り上がっていたタイミングでした。また、小学生の頃から「発明」や「特許」については知っていて、中学生の頃に図書室で「弁理士になるには」といった本を読んでいたことも思い出しました。まあ当時は「合格率3%」という記載を見て「これは難しいかな」と思ってしばらく忘れていたのですが(笑)
そういうわけで合格できたら特許庁の審査官になろうかなと思っていたのですが、二次試験で不合格。とはいえ知財は面白そうという想いは捨てきれず、では弁理士になろうかなと。
当時の就職活動では、バイオ系なのに修士号を持っていなかったということもあり、面接まで至らない事務所もほとんどでしたが、現在の事務所の前身の事務所が採用してくださって、それ以来ずっと同じ事務所で、昨年には勤続20年を迎えました。
薬学×知財 の視点から、知財の世界の面白さとは
幼い頃から算数や理科が好きで「自分は理系だな」と思っていたのですが、そうはいっても実家にあった百科事典の法律の項目なども読んだりして、法律への興味もずっと持っていました。
弁理士資格を取得した後、通信教育で法学部に通って法学を学びました。答えが一つに定まることが多い理数系とは違って、立場が異なれば主張も異なるという前提からスタートして両者のバランスを実現しようとする法律的な物の考え方は非常に奥が深いと感じたのを覚えています。。
特許業界に入ってみて思ったのは、一見すると理系の世界のように見えて、意外とそうでもないな、ということです。
例えば、電気自動車や抗がん剤といった製品は限りなく具体的なものですが、一方でそれらの製品を支えている「発明」は「技術的思想」であるとされています。このように発明は思想である以上、言語によってしか表現できないという宿命を負っており、あいまいな部分がどうしても残ります。同じ言葉であっても見る人によって解釈のされ方が異なることはよくあるので、解釈をめぐって争いになってしまう点は、法律の世界に似ているなと。
このように、言語で表現された「思想」をさまざまな人々の立場から見ることで解釈に違いが生じることから、我々弁理士の仕事はそのことから生じる対立をどのように解決していくのかということなのだなと、そういった部分が自分としては非常に面白いなと感じています。
「知財職人®」に込めた想いについて
「単に仕事をこなすだけの作業者(operator)ではありません。かといって、自分達が満足できる仕事だけを追い求める芸術家(artist)でもありません。」
これはIBC一番町弁理士法人のウェブサイトに掲載しているフレーズで、「知財職人®」の意味するところを端的に説明しています。
特許法などのルールの元で、クライアントの利益を最大化することこそが、我々の仕事であると理解しています。普段の業務においても、お客様からのご要望が必ずしもお客様の利益を最大にするとは限らないという考えのもと、ときにはご要望とは異なる解決策をご提案することも含めて検討するという視点を常に持つようにしています。これは私に限らず、弊社のメンバーはみなそのような想いをもって業務に臨んでおり、先ほどのフレーズはそういった姿勢を表現しています。
採用活動においてもこういった弊社の方針をお伝えし、応募者との間でできるだけミスマッチが生じないようにしています。直近の採用ですと、採用面接の際に「お客様にどれほど寄り添えるかが大事だと思っています」と話してくれた事務スタッフがおりました。そのことが非常に印象に残っていたのですが、その後の働きぶりをみても、その言葉の通りお客様や事務所のメンバーと接してくれています。
技術理解力×リーガルマインド×ディスカッション能力
しっかりとした知財部のある大企業は発明発掘から権利化まで比較的スムーズにいくかと思うのですが、そうではないお客様ももちろんいらっしゃいます。大企業や中小企業、スタートアップ、個人のお客様など様々なお客様と接するなかで、お客様ごとに知財に関する知識や考え方は多種多様であることを日々感じています。
知識の多寡によって得られる権利に差が生じるといったことはできるだけ避けた方がよいと思っており、知財部がなかったり知財専門スタッフがいないお客様に対しては、弊社が代わりに知財部としての機能を担うこともサービスとして提供することもあります。
もちろん大手のお客様に対しても、弊社からサービスを提供する以上は、いただく対価以上のものをお渡しすべきです。どのようなお客様に対しても、専門知識や解決策の提案などにおいて、常に対価以上のものをお渡ししていく。そのようなスタンスで日々の業務を行っています。
私は化学やバイオ分野を専門にしていますが、こういった姿勢は取り扱う分野によって異なることはなく、別の専門分野で活躍するメンバーにも共通しています。例えば電子部門のパートナーは、DXや人工知能、ブロックチェーンや決済などの技術を扱うIT系スタートアップのお客様をどんどん獲得していますが、そういったお客様には知財部がないところも多いです。そのぶん悩みも絶えないようですが、非常に感謝もされているようですね。ちなみに彼とは高校で3年間同級生でした(笑)
「弁理士は世界を変える人を支える人」
この言葉にはいろいろな想いを込めて発信していますが、「世界を変える人」があってこその我々、という想いが第一にあります。
特許事務所のお客様は、大企業や中小企業、個人の方々と様々ですが、どのようなお客様であっても「新しいものを生み出す」という、我々にはできないことをされているわけです。そのことに対するリスペクトをいつも忘れないように、という気持ちを込めています。
知財のサポートがないせいで優れた発明が埋もれてしまうのは、非常にもったいないことです。我々が支えになれる部分については我々にお任せいただいて、発明者の方々には、発明を生み出すことそのものに注力していただきたい。より良い発明を生み出し、より良い製品を作って、世界をより良くしていっていただきたいなと思っています。
以降は、IBC一番町弁理士法人にてDXに取り組んでいる志水克大氏も交えてお話を伺いました。
特許事務所におけるDX
都祭:IBC一番町弁理士法人では、社内のDXを推進していますが、このDXは弊社のメンバーである志水が中心となって進めてくれています。その一番の目的はメンバーや事務所のレジリエンスを高めることにあります。
例えば、同じ請求書関連の業務でも、お客様によって微妙に仕様が異なることが多いです。一昔前ならそういうことは人の頭で把握して、わかる人が捌くといった形が一般的だったと思いますが、それではその人が急に休んだり、大きな怪我や病気、介護などで一時的に働けなくなったときに困ります。
しかしDXを進めることで、メンバーが入れ替わってもその影響を受けずに済みます。つまり、DXの目的は、外部環境の変化に対してメンバーや事務所が柔軟に適応できるようにするということであり、そういった状態を志水は「レジリエンスが高い(システム)」と表現しています。
昨今では、「RPA」をはじめ世の中においても自動化の流れがみられますが、昔は業務が属人化しているということもあり、“気軽に休めない”といった雰囲気もあったと思います。
しかし弊社では少しずつ業務自動化を進めてきた結果、事務スタッフの皆さんも好きなときに休暇を取れたり在宅勤務をしたりということも可能になっています。各自の自宅から同じシステムにアクセスできるのであればまったく問題ありませんし、産休育休を取得していたメンバーも皆さん、問題なく復帰を果たしてくれています。
志水:DXというと一般には業務の効率化・最適化を主たる目的に行われるイメージが強いと思いますが、業務の効率化・最適化はレジリエンスが高まることによって副次的に達成できると考えています。現在の環境のもとで効率化・最適化を過度にしてしまうと、環境が変化したときにうまく適応できず、逆に効率が落ちてしまうのではないかと、DXに実際に取り組む中で感じています。
システム開発部門主導ではなく、事務所全体で進めたDX
志水:弊社のDXの取組みは、比較的定型化している業務から順次着手していきました。弊社でのDXの取組みの特長は、業務を構成するプロセス同士の間の関係を表現したビジネスプロセスモデルを直接実行することで自動化が達成できるシステムを組んだことにあると思います。個々の業務は通常、複数のプロセスに分解できます。分解したプロセスについて、どういう順を追って進めているのか、つまりプロセス同士の間の関係を表現するモデルをつくることができれば、プログラミングができる人材ではなくても、自らが携わっている業務をモデルとして落とし込むことで自動化が可能になる、といった具合です。つまり、業務を最も理解している人がモデル化をすることになりますので、その業務の自動化がスピーディかつ的確に実行できるというわけです。弊社で開発したシステムについては国際特許出願(PCT/JP2023/004459;優先日2022年2月10日)も行っており、国際調査報告では全請求項について肯定的な評価を頂いています。
都祭:DXの取組みは志水が一人で始めたのですが、関心を持ってくれた事務スタッフも徐々に自動化業務に携わるようになり、現在はむしろ数名の事務スタッフが先導してどんどん進めていて、現在も進行中です。
なので、システム部門だけで作ったものを組織内に展開するという形ではなく、事務所全体がみんなで自動化(DX)を進めていく形になっており、非常に良いのではないかなと思っています。
気づいたらすごいところまで来ていたなぁ…と感じていますね。
志水には、かなり以前から現在の世界が見えていたのかもしれません。志水の描いている未来予想図を完全には理解できていませんが、目指す方向は共有できていると思っているので、ある意味では安心しています。
特許事務所 技術者がみるWeb3.0
志水:弊社としてはまだWeb3.0(Web3)に関する具体的な取組みはしていないものの、Web3をはじめとする急速な世界の変化に対して、特許事務所としてどのように取り組むかを模索しているところです。例えばWeb3を使った分散型科学(DeSci)に日本で取り組んでいる第一人者である濱田太陽氏らと情報交換などをさせていただいており、社会全体としてよりよい方向に向かうように多元的な知性を共進化させるというPluralityの思想や分散型科学の思想に共感し、関連するイベントにIBC一番町弁理士法人として協賛させていただいています。Pluralityの思想については、Audrey TangやGlen Weylらの「Pluralitybook」(https://github.com/pluralitybook/plurality)が参考になると思います。
都祭:これらに関する事業を弊社としてやるかどうかは別にしても、この業界のビジネスモデル自体も変化しつつあるのでキャッチアップしておかなければいけないと思いますし、いまは情報収集している段階ですね。
志水:これまで行われてきたシステム実装とは見方を変えた実装にしていかないとWeb3の実装は難しい。従来とは別の発想が必要だと感じています。
コンピューターの仕組み(アーキテクチャ)自体が変わっていくのではないかという気がしていますね。世界がネットワークで絡み合い複雑性が増していくと、断片化されたデータを収集してシステムを組むという従来の方法ではうまくいかなくなるのではないかと思います。
一口にデータと言っても、見る角度によってデータが表している事象の見え方が変わってきます。ホログラムを思い浮かべると分かり易いと思いますが、ホログラムは総体としては一つですが、見る角度によって見え方が変化します。同じ一つの事象を表しているものでも、どういうインターフェースを介して観測するかによって得られるデータが変わってくるということです。
Web3やPluralityのように、脱中心化・多元化した思想を実装するには、総体としての世界は一つであるが見え方が異なるという事態をシステムの中で上手く表現する必要があると考えています。そうしたシステムをデザインする上で、数学の圏論や、量子力学などで使われるようになってきているプロセス理論、哲学ではベルクソンやジェイムズ、フッサールなどにも関心を持っています。Audrey Tangも自著の中で圏論に関心を持っていると述べていますし、先ほどご紹介した「Pluralitybook」の中では、パース、ジェイムズとともにプラグマティズムを代表する哲学者の一人であるデューイが引用されています。ベルクソンやジェイムズ、フッサールは人工知能や記憶、意識などに関する研究分野でも再評価されており、科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)として採択され今年度から始まった「クオリア構造学:主観的意識体験を科学的客観性へと橋渡しする超分野融合領域の創成」(代表者・土谷尚嗣・モナシュ大学教授、ATR客員研究員)をはじめ、日本の研究者が活発に研究しており、そうした研究にも関心を持っています。
「Pluralitybook」では、ループ量子重力理論の提唱者の一人であるCarlo Rovelliの「Reality is not a collection of things, it’s a network of processes」という言葉が本文冒頭で引用されています。Web3やPluralityの思想を実装するには、データではなくプロセスを中心に見ることが重要になってくると考えています。弊社で開発したシステムも、業務を構成するプロセス同士の間の関係を表現するモデルを実行するシステムであり、network of processesのパラダイムと親和性の高いシステムになっています。
Web3の未来で、知財業界はどう変わるか
Web3は中央集権型からの脱却を図り、分散型社会をめざそうという思想ですが、このような思想や技術が進展することによって、知財業界はどのような影響を受けるでしょうか。
志水:特定の個人・法人が特許を取得するというよりは、みんなで知恵を出し合って何かを作り上げていこう、課題を解決していこう、という世界に向かっていく可能性も、一つの方向性としてはありえますね。
都祭:そのような世界観と、特定の者に独占権を付与する知的財産の諸制度をどのように整合的にワークさせていくのかといったことにも非常に興味があります。最近の知財のニュースなどを見ていると、そのようなことを考えさせられることが、昔よりも増えたような印象です。
一例ですが、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の特許放棄が社会的に大きく話題になったことは、非常に示唆的でした。特定の者にある技術を独占させることについて、世界からどのように見られているかを意識する必要も生じてくるのではないでしょうか。もちろんルールの中での競争なので、法律上は権利行使が可能だとしても、その権利行使を世界がどのように受け止めるかといった観点も加味し、権利を行使することが当事者にとって本当に好ましいのかといった視点が必要になってくるのかもしれません。
志水:一方で、特許法の目的でもある産業の発達を実現するには、もちろん発明者の方々には何らかのリターンが保証される必要もあり、さまざまな要請に応えた制度設計や仕組みづくりがますます求められる世界になっていくのかなと思います。例えば、先ほどお話した分散型科学(DeSci)などでは、知的財産権をNFT化したIP-NFTやData NFTによって資金を集めるといったことが模索されています。
これからの知財情報の活用における課題と展望
志水:知財情報には潜在的なニーズが多いと思っていて、うまくやればもっと見てもらえる可能性があるのではないかと感じます。今後も、「これ、良いニュース(情報)だよ」と目利きするアドバイザーというか、知財系インフルエンサーのような方々がたくさん出てくると面白いですね。
そもそも「知的財産」や「特許」というものが一般的に多くの人々にあまり知られていないのですね。「こういうアイデア(特許)があるよ」ということがもっと知られてくればいいのかなと。知財情報の活用には潜在的な需要はありつつも、そこにアプローチできていないだけなのではないかという気がしますね。
都祭:個人的にはもう10年以上、非常勤講師を務める2つの大学での講義で、大学生に向けて知財や特許の面白さを伝え続けてきました。
また、そういった意味では、2023年春には、弁理士が主役のTVドラマも放送されていましたよね。まずはそういったドラマが出てきたこと自体が画期的で、またドラマ自体もちゃんと作りこまれていたと思いますし、小説などの他のコンテンツも増えてきているのかなと。知財業界以外で知財に関心を持つ方が増えてきているのかもしれませんね。
Tokkyo.Aiさんのポータルサイトも、そういった関心を持つ方々に向けたきっかけになることを期待しています。
「どの道を選ぶか」より「どうやって選んだ道を正解にするか」
都祭:もともと行きたかった道には進めず、流されるようにたどり着いたこの仕事ですが、振り返ってみると本当にたくさんの素晴らしい出会いに恵まれていたと感じますね。少なくともその意味で、あのとき消去法であってもいまの道を選んだことは大正解だったと思っています。事務所の皆さんにも、弊社を選んだことが正解であったと思ってもらえたら嬉しいです。
実は2年前に大きな病気を経験して、1年近く出社できない時期があったのですが、家族の支えはもちろん、事務所の皆さんには仕事の量を調整してもらったり、お客様にも多くの励ましの言葉をかけていただくなど、いまでも感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも他のパートナーをはじめ、事務所の皆さん、多くのお客様とともに、日々成長することを幸せと感じながら、世界を変える人を支え続けていけたら、これに勝る幸せはないと思っています。本日はありがとうございました。
IBC一番町弁理士法人:https://www.hatpat.jp/