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知財活用のポイント 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT) 理事長 久保 浩三氏

知的財産に出会い、活躍している専門家から学ぶパテントストーリー。知的財産に関わる専門家が、これまでどんな歴史を創ってきたのか。

そして、これからどんな歴史を創るのか。一歩先を行く、知財の専門家に話を聞く。今回は独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)の理事長 久保 浩三氏にお話を伺った。

知財との出会い・かかわり方

私は、学生時代に特許事務所でアルバイトをして図面などを書いていました。それが知財との最初の出会いです。その後、1987年に弁理士試験に合格し、地方自治体や研究所、特許情報センター、大学等で一貫して知財の活用についての実務を30年以上やってきました。現在は、独立行政法人工業所有権情報・研修館(以下、「INPIT」といいます。)の理事長を務めています。

INPITの役割と3つの柱

INPITは、2001年4月に独立行政法人として設立されて以来、わが国唯一の知的財産総合支援機関として知財制度を支えています。INPITには3つの柱があります。

1つ目は、知財に関する情報の提供です

INPITは、特許情報プラットフォーム『J-PlatPat』等を通して、知財に関するさまざまな情報を提供しています。

2つ目は、知財の活用支援です

全国の都道府県に知財総合支援窓口を設置しており、そこで知財についての相談ができるようになっています。相談内容によっては重点的な支援をすることもあります。

3つ目は、知財に関する人材の育成です

2004年の業務拡充以来、人材の育成に力を入れています。2020年4月には知財人材育成プラットフォーム『IP ePlat』を立ち上げました。『IP ePlat』では、eラーニング機能を使って、いつでもどこでも知財を学ぶことができます。

企業が知的財産権を活用していくために必要なことは?

知的財産活用のポイントは3つあると思います。

1つ目のポイントは「持続性」です

企業は、知財を儲けの源泉にする必要がありますが、そのためには、これをどのように作り、またどのように保護していくかということを継続的に考えていかなければなりません。

例えば、企業が海外進出のための契約を締結する場合には、契約締結時点の事情だけでなく、契約締結後にその内容をどのように実行していくか、また契約違反があったときにどのように対処していくかなどを継続的に検討していくことが重要です。

このように、知財というものは経営がある限りそれと共に持続していくべきものですが、必ずしもその持続性が担保されていないことがあるというのが現状です。そこで我々は、知財の持続性が重要だということをさまざまな企業様相手にお話しさせていただいています。

2つ目のポイントは「経営との一体化」です

経営者は、ビジネス・事業戦略を考える際は、知財をどのように儲けに変えていくのかという知財戦略も一緒に考えていく必要があります。

知財の代表例としては特許が挙げられますが、特許は、登録さえすればよいというものではありません。自社の強みは何か、その強みの中で知財はどこに位置付けられるのか、そしてそれをどのように儲けに変えていくのか、といったことを考えることが重要です。また、他の人に真似されないようにノウハウとして自社内に留めておくのか、特許にするのか、あるいはデザインとして保護するのか、といったことも考える必要があります。

知財は常に経営と一体化しているということを忘れてはいけません。あくまで経営と一体であるということが非常に重要です。

3つ目のポイントは「事後評価」です

強みや儲けの源泉は会社によって千差万別です。これまでさまざまな支援をしてきましたが、“これですべてがまかなえる”という支援はありません。各社それぞれの事情に応じた支援をする必要があります。

また、企業が知財をうまく活用するためには、「これは良かった」あるいは「これはそうではない」といったように、常に戦略の事後評価をしながら自社に最も適した知財の活用方法を検討していく必要があります。

これらに加えて、企業自身が、自分たちの儲けの源泉はなにか、将来これがどんな製品になるのか、競合が出てきたときにどうするか、といった最初の事業戦略を練る段階から、「これはノウハウにしましょう」「これは特許にしましょう」といった知財戦略も、将来を予想しながら練る必要があります。

もちろんビジネスは流動的なので、やっていくなかで当初の予想と変わることはあります。その場合にどう対応するのかということも重要です。当初の予想に反して「オープンにするべきではなかった」という結論になった場合、一度オープンにしたものを秘密に戻すことはできませんが、次に新しいものを開発した際にその経験を踏まえて「次はオープンにしないでおこう」という戦略を立てることができます。

企業価値を上げていく知財調査のポイントは?

まずは目的をもって調査することが重要です。知財は経営と一体化しているため、自分たちはどの方向を目指しているのかということを考えたうえで調査していただくというのが重要です。それと合わせて企業価値も上がっていきます。

Withコロナ、Afterコロナの時代で、知財はどのように活用されるか

コロナ禍、あるいはコロナ後においては国力のバランスそのものが変わっていってしまうと思います。コロナの中で知財をうまく活用できるところが国力を伸ばすと思います。

また、コロナで知財分野におけるDXがさらに加速すると思います。企業はもちろん、INPITもDXを進めていくことになるでしょう。 さらに、コロナによってビジネスモデル自体、いわゆる「儲けの源泉」が変わってくるかもしれません。お客様・利用者様そのものが変わってしまうこともありうるでしょう。ですので、今までINPITの支援が届いていなかったところにも広報していき、支援を届けていくということが必要になってくるかと思います。

知財を活用してさらに躍進していくためのポイント

やはりポイントは経営との一体化です。コロナで儲けの源泉が変わってくることもありますので、それも踏まえたうえで考えていく必要があります。

例えば、飲食業界やイベント業界など、人と人が密になることを前提とするビジネスモデルを採用していた業種は、コロナの影響でビジネスモデルの変更を迫られています。今後のビジネスモデルについて検討する際には、単純にビジネスを別のものに変えるというよりも、Afterコロナの中でご自身が持っている強み・弱みが何かを見つめなおす必要があるのではないでしょうか。そして、自社の強みがわかったら、いかにしてそれを儲けに変え、保護していくかということを考えていく必要があります。当然、強みを伸ばすことが躍進のポイントになってくるので、我々はそのお手伝いをさせていただければと思います。

ディスカッションをしながら、デザイン経営(デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法)の観点も取り入れつつ、新しい知財とビジネスモデルそのものを考えていく必要があります。


INPIT 知財戦略部の業務内容:知財戦略部長 佐々木 訓氏

INPIT 知財活用支援センター 知財戦略部長 佐々木 訓氏

※今回、知財戦略部の佐々木部長より、具体的な業務の内容についてもお話を伺うことができました。

INPITは、理事長が言われた3つを柱として業務を実施していまが、知財戦略部は、2つ目の知財の活用支援に関すること、例えば、オープンイノベーションの促進、営業秘密・知財戦略の構築支援や海外展開に向けた知財の支援、特許情報を分析して活用する支援、新興国等の知財情報の提供など、様々なことを行っています。

そのなかでも今回はオープンイノベーションの促進を担う開放特許情報データベースと、知的財産プロデューサー派遣事業についてお話します。

開放特許情報データベースについて

開放特許情報データベースは、1985年に技術移転の促進を目的とした専門機関が発足し、そののち構築された特許流通データベースがルーツで、現在は、オープンイノベーション促進のツールとして提供しています。

特許を取得しても自分で実施をしていない特許、また、実施しているが他者にも活用させたい特許が存在しています。また、大学・公的研究機関の特許も産業界には非常に有益になっています。

そのような特許を他者へのライセンス・権利譲渡およびオープンイノベーションなどで活用しようとしている特許、いわゆる開放特許の情報をデータベースに掲載し、開放特許を利用したい者に見つけていただき、研究開発期間の短縮やコスト削減、特許技術の導入による付加価値の向上、事業領域の拡大等に役立てていただこうとしています。

開放特許情報データベースの利用者って?

開放特許を利用したい者が、自ら有用な開放特許を見つける場合や、特許事務所や大学・研究機関等の技術移転部門、マッチングを扱う会社などの知的財産権取引業者、自治体で特許流通を促進する人材である自治体特許流通コーディネーターなどが、開放特許の登録者と利用者とをマッチングするための開放特許を探す場合に利用されています。

開放特許登録調査員の仕事

開放特許登録調査員は、質の高い開放特許の登録を啓発したり、開放特許情報データベースの利用を促進する仕事を担っています。

具体的には、新聞、ビジネス雑誌、業界情報などを参考に、技術力があり、良い特許を保有している企業、大学、研究機関等を調査し、訪問して登録を促進する、オープンイノベーションに積極的な企業等に利用を促す、自治体特許流通コーディネーターなどに開放特許情報データベースの利用方法の研修を実施する、などの業務を行っています。最近では開放特許情報データベースのTwitterで関係者へ向けて、マッチング事例の紹介など有益な情報を発信しています。

売れる・需要がある知財を仕入れるコツ

開発を行ったけれども事業規模、事業戦略が合わないために商品化に至らなかった特許など、商業化の見通しがある埋もれた特許を登録してもらうように努力をしています。さらに、特許公報と共に、技術をわかりやすく解説したシーズ情報を登録者が作成して掲載可能とすることで、登録者に開放特許をPRしていただき、利用者により分かりやすく、より関心を持っていただくように工夫をしています。

また、最近は、新型コロナウイルス感染症対策に関するオープンイノベーションの関心が高まると考え、知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言の特許の中から、宣言企業がお勧めする特許を集中的に登録し、利用を促しているところです。

リサーチツール特許データベース

2007年に内閣府総合科学技術会議において取りまとめられた「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針」に基づいて構築されたデータベースで、ライフサイエンス分野において研究を行うための道具として使用されるものまたは方法に関するリサーチツール特許を収集しています。技術分野を限定した開放特許情報データベースといえます。

知的財産プロデューサー派遣事業について

公的資金が投入された革新的なプロジェクトなどに、企業等において豊富な実務経験をもつ知的財産プロデューサーを派遣し、知財の視点から研究開発成果の社会実装を加速する活動を支援しています。

知的財産プロデューサーは、多くの企業や関係者が関わるために知財の取り扱いの調整が複雑なプロジェクトのプロジェクトリーダーを知財の面から補佐するといった業務を行います。産業技術総合研究所のような国立研究開発法人や各地の大学などから公募で派遣先を選定し、現在、様々な技術分野の38プロジェクトについて、知財のサポートをしています。

企業やその他の組織で知財関係の実務経験が豊富な方が、知的財産プロデューサーとして、活躍されています。

知的財産プロデューサーの業務内容

プロジェクトの初期段階では、取扱い指針や取扱い手続きのルールの取り決めをする必要があります。そして、プロジェクトが進むにつれて、プロジェクトが対象とする技術分野の特許情報調査・分析、生まれた発明の発掘や権利化、強い特許網を形成するための周辺技術・応用技術への展開の支援やノウハウ・データ等の秘密管理に係る支援などを、プロジェクトの特性や進ちょくに応じて行います。さらに、事業化シナリオ検証のためのSWOT分析などの支援も行います。

知的財産プロデューサーの多くは複数のプロジェクトを担当しており、1プロジェクトあたり週に2~5日程度の割合で、常駐や出張などで支援をしています。

コロナの影響は?

業務自体は変わっていませんが、業務のやり方は変わりました。

コロナ前には、開放特許の登録・利用促進や知的財産プロデューサーの支援は、原則、対面で行っていましたが、コロナ後には、対面での業務を自粛せざるを得ない期間や、移動を自粛せざるを得ない地域が生じておりますので、状況に応じて、電話やメール、WEB会議システムなどを、最大限活用して業務を行っています。

開放特許情報データベースについては、新型コロナウイルス感染症対策支援宣言の特許の登録が増加しております。今後もWithコロナに適した方法で、登録促進と普及啓発を進めていきます。

知的財産プロデューサーについては、プロジェクト自体の進ちょくが停滞していて、活躍の場が縮小していた時期がありますが、今はどのプロジェクトも鋭意進めている状況ですので、知財の支援も活発になってきています。


INPITよりお知らせ

Withコロナ、Afterコロナの時代における知財活用に向けて、「ウィズコロナ知財活用ガイドブック」を「知財ポータル」にて公開予定です。同サイトには800を超える支援事例も掲載しています。

また、知財学習用のeラーニング教材として「IP ePlat」も提供しておりますので、在宅での知財学習にお役立てください。

各種イベント・セミナーについても徐々に再開しております。毎年開催している、グローバルな広がりをもった「ビジネス・知財総合戦略」の実例を紹介する「グローバル知財戦略フォーラム2021」も、無事に開催(1月25日)が決定いたしました。例年と違い、リアルとオンラインのハイブリッド開催となりますので、これまで参加を見送っていた遠方の企業様もご参加いただければ幸いです。また、近畿統括本部でも事業戦略の推進に資する知財戦略をテーマとした「関西ビジネス×知財フォーラム2021」を2月15日にオンラインで開催する予定です。

その他、イメージマッチング技術を利用して意匠公報の調査を支援する「画像意匠公報検索支援ツール(Graphic Image Park、通称:GrIP)」が12月にアップデートを予定しており、追加機能を実装します。

これら以外の情報も随時HPや公式Twitterで発信しておりますので、ぜひご覧ください。

関連URL
・独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)
 https://www.inpit.go.jp/index.html

・INPIT公式Twitter
https://twitter.com/INPIT_jp

・知財ポータル
https://chizai-portal.inpit.go.jp/

・IP ePlat
https://www.inpit.go.jp/jinzai/ipeplat/index.html

・グローバル知財戦略フォーラム
https://www.inpit.go.jp/katsuyo/gippd/forumkokunai/index.html

・画像意匠公報検索支援ツール(Graphic Image Park)
https://www.graphic-image.inpit.go.jp/

・開放特許に関するデータベースサービス
https://www.inpit.go.jp/katsuyo/db/index.html

・知的財産に関する新型コロナウイルス感染症対策支援宣言への協賛について
https://www.inpit.go.jp/about/topic/plidb_covid19.html

・知的財産プロデューサー派遣事業
https://www.inpit.go.jp/katsuyo/ippd/index.html