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This is startup -スタートアップと知財-
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 IP&Legal Team Leader 弁理士 木本 大介 インタビュー

アカデミア発の技術を社会の課題・ニーズと結びつけ、ビジネスによる価値創造を行い、連続的に社会実装していくことを目指すピクシーダストテクノロジーズ株式会社の IP&Legal Team Leader 弁理士 木本 大介 氏にお話を伺いました。

知財情報を事業にどう活用するか

「知財情報を事業にどう活用するか」について、僕が話せるのはオープンイノベーションの話です。

スタートアップにとってのオープンイノベーションのパートナー企業は、基本的に大企業です。大企業とスタートアップの違いはたくさんあるんですけど、まぁリソースが圧倒的に違いますね。ゾウとアリありみたいな関係なんですよ(笑)

知財でいうと、例えば、特許の件数が多い会社と少ない会社。そういう関係です。

大企業とスタートアップのオープンイノベーションに関しては、岸田内閣から公表された「スタートアップ育成5か年計画」や 特許庁から公表された「モデル契約事業」に代表されるように政策レベルでも注目されています。以前よく言われていた「大企業とスタートアップの不平等な関係」は、減ってきていると感じています。

ポイントは、「大企業とスタートアップの不平等な関係」よりも、「大企業とスタートアップの相性」だと思います。

スタートアップにとって、相性の良いパートナー企業を探すことはオープンイノベーションの成否を決める重要なポイントです。自社とパートナー企業の相性を測るためには、様々な情報調査が必要です。

情報調査の1つとして、特許調査が挙げられます

オープンイノベーションのパートナー企業を探すときに特許調査をしないってことは、その分「調査結果の母集団」が少ないってことじゃないですか。

特許情報を無視するより、特許情報も考慮した方が、判断材料が多いので、判断の精度が上がりますよね。

逆に、この判断の精度が低くなると、オープンイノベーションを始めることはできても、成果の社会実装には繋がりません。

時間をかけて進めたオープンイノベーションが社会実装に至らないということは、それまでかけた時間が水の泡になる。一生懸命頑張ってもゴール寸前に電源を抜かれてゲームが終わるみたいな感じになるんです。

スタートアップにとっては、時間は何よりも大切。したがって、相性の悪いパートナー企業と組むことは、オープンイノベーションにおいて、スタートアップが一番避けるべき事態だと思います。

これは大企業にとっても同じではないでしょうか。

オープンイノベーションの課題として、「スタートアップの知財が大企業に取られる」といった話を耳にすることはありますが、社会実装に至らないオープンイノベーションで失っているのは知財じゃなくて、時間なんです。

一生懸命頑張ってきて、5人の社員のうちの3人を投入して11ヶ月の忍苦を果たした結果、何も残らないわけですよ。

知財は奪われてはいないんですよ?
ちゃんと秘密情報も守られていて、自社で特許の出願ができている。
ただし、11カ月が水の泡になる。

これが一番避けるべきことです。

もちろん特許情報を調べたところで、判断の精度は100%にはならないんです。
ならないんですけど、判断の確度は上がるじゃないですか。

スタートアップは限られたリソースで落とし穴を避け、地雷を避け、進んでいくしかないんです。

なので、判断材料となる情報量は多い方がいいですよ。

オープンイノベーションのパートナー企業を見つけるという文脈においては、特許情報は間違いなく使えます。

ただ、気を付けないといけないのは、特許情報が最もインパクトのある情報ではない、という点です。
あくまでマーケットだったり、フロントコミュニケーションの取りやすさだったりとか、そういう知財以外の要素の方が優位であるべきだと思っています。

特許情報の使い方としては、「知財以外の要素だけでは判断しにくい時の最後の一押し」という感覚です。

例えば、会議の中で10社がオープンイノベーションのパートナー企業の候補に挙がったとします。
候補企業の特許を見ていって、事業部門に対して「特許情報によると、10社のうちの前半5社はやめた方がいいけど、後半5社はありです」と。
それで事業部門に一旦こちらから投げます。
そしたら次は2社まで絞り込んだけれども、よく分からんとまた相談が来ます。

”僕らの持っている技術とコンフリクトするけど人がいない企業”とか、”ちょっとだけ工夫が欲しいから付き合う企業”もあれば、”僕らが持っている技術を持っていなくて、「技術のことはピクシーダストテクノロジーズ社に一任したい」という企業”であったりと、企業によっても色々な思惑があると思います。

こういった様々な企業がテーブルの上に並んだときに、特許情報の分析結果から各企業の思惑を予測します。

もちろん外れる可能性もあるし、特許を持っているところが実はその分野に詳しくない可能性も否定できないけど、特許情報を考慮することで、判断材料を増やすことが重要だと思っています。

そうすることで、時間を失うリスクを下げることができます。

会社がオープンイノベーションのパートナー企業の選定に迷った時に、「特許的にこうだから」と言えれば上への説明にもなるし、最後までお付き合いして事業化までのってくれそうかどうかを白黒はっきりさせることにも使える。

例えば、オープンイノベーションは途中までやって、事業がスケールしたあとに自社単独で他の企業へのライセンスを展開するという事業戦略を描いているならば、特許を持っている企業よりも、特許を持っていない企業と組むべきかもしれません。ライセンスビジネスをするのであれば、スタートアップの技術の特許化に関心のない企業と組んだ方が、特許を共有せずに進められる場合もあると思います。

このあたりは事業戦略によって変わるので、知財担当者は、現場が迷った時に参考となる情報を出した上で、事業戦略と照らし合わせながらアドバイスする、というイメージですね。

そこまでやってはじめて、特許情報を活用しているといえるのではないでしょうか。

我々もここで上げた取り組み例を完全にできているわけではないので、日々勉強しながらやっています。

 IP&Legal:売上は、特許ではなく契約で上がる

当たり前ですが、特許出願で増えるのは間接コスト。これは事実です。

特許権のライセンスビジネス自体は否定しませんが、特許自体のマネタイズ(売上化)は事業にとって必須ではありません。

一方で、契約は、売上になるんです。

契約書に1,000万円と書かれていれば、1,000万円の請求を切ることができるんです。
なので、目先の売り上げに関しては、特許よりも契約をやるべき、ということになりますし、特許はどちらかと言えば長期的な売上に間接貢献するものと捉えています。

契約と比べると、特許の役割はマネタイズではない、ということになります。

本質は「契約も知財」

もちろん、無形資産が全部マネタイズできないというわけではありません。

例えば、データはマネタイズ可能です。
この場合、データのマネタイズモデルを契約に落とし込むことが知財担当者の腕の見せどころだと思います。

僕は知財業界一筋で特許を専門としてきましたが、ピクシーダストテクノロジーズ社にジョインした後は、契約業務の経験が増えました。

最近では、特許は査定系権利化手続、契約は当事者系権利化手続、どちらも知財の権利化プロセスの両輪である、と考えています。

事業の成功がマネタイズの最大唯一の手段であって、それを支援するのが知財。知財のスコープには、特許だけでなく、契約も含まれる。そういうことでしょう。

大企業のような体力のある企業は特許を出せますが、スタートアップは大企業と同じプレイはできません。特許を出すということは、エンジニアのリソースを消費するため、事業のスピードを落とすことに繋がりかねません。それを理解したうえで特許を出すかを考えないといけない。

This is startup スタートアップ知財に求められるスタンス

スタートアップは、端的にいうとカオスです(笑)。
やらないといけないことが多いし、仕事を選んでいられない。

知財部門って、ルールを決めてオペレーションを回す人たちと思われることもあるんですが、実際には、毎回毎回ゲームルールが変わる仕事だと思っています。

特許だって明細書は全部違いますし、先行技術も毎回違う。
審査官もいろいろ、発明者もいろいろ、担当弁理士もいろいろ。

ましてや、発明は常に最新技術(公知になっていない世界初の情報)。

こんなにカオスな仕事に1年目から置かれる業界って、他にはないと思っています。

そのようなカオス環境に慣れている知財人材は、スタートアップのカオス環境にめちゃくちゃマッチすると思ってます。

スタートアップであれば、企業の規模が小さいので、知財部門は会社のあらゆる部門の人と話します(ピクシーダストテクノロジーズ社もだんだんと分業が進んできてはいるものの、一度も話したことのない部門の人は今もいないです)。

知財部門は会社の中で最も情報が集まる部門だと感じています。
契約に必要な情報、特許に必要な情報、いろいろなところをどん欲に集めに行く。

スタートアップはみんなの顔が見えるサイズなので、「ちょっと教えて!」と言って、どんどんどんどんいろんな部門を回っていく。

管理部門や事業部門の間を越境したコミュニケーションが非常に多いです。
「知財ほど社員全員と話さないとできない仕事はない」と思っています。

課題は現場に落ちている

僕らのチームは売上貢献を目標として掲げています。
売り上げにならない仕事より売り上げになる仕事を優先しよう、と言っています。

展示会で3日間名刺を配りまくって、「売り上げに貢献しました!」と成果報告したりしています。
ちなみに、今日も東京ビッグサイトで名刺を配ってきました(笑)。

すると、名刺交換したお客様に「もっとこうだったら買うのにな」と言われる。
それって「発明が解決しようとする課題」そのものですよね。

課題発掘のために展示会に行ってるわけじゃなくて、普通に自社プロダクトを売るために行っています。
本気で1台でも多く売ろうと。
そうしたら、お客さんから課題を突きつけられるわけです。

本気で売ろうとすることで、様々な課題が見えてくる。

社内の会議室で発掘なんかしなくても、お客様の近くに課題が落ちてるんです。
こういう発見もスタートアップにいるからこそだと思っています。
発明発掘は最終手段だと思っています。
まずは、現場。

現場にはそこら中に課題が転がっています。
野生の松茸がもうそこら中に生えている状態です(笑)。
自ら現場で吸い上げた課題で特許を出し切る。

発明発掘は、あくまで最終手段と捉えています。

ランウェイを延ばすために

ある新規事業をやるときに、大企業であろうがスタートアップであろうが「事業が生まれてから儲けを出すまで」の距離は同じはずです。

それでも、スタートアップは大企業よりスピードが速いと言われる。
小学校で習いますが、スピードは、距離÷時間です。

でも距離は同じ。

どういうことかと言うと、大企業とスタートアップの差は「時間」にしか現れないんです。
ここで言う時間は、事業化までのタイムリミット。

スタートアップでは、ランウェイ(資金が尽きるまでの残り時間)と呼ばれるものです。
スタートアップのランウェイは大企業よりも圧倒的に短い。
スタートアップの平均ランウェイは、1年半から2年だったと思います。

「1年半」というのは、知財業界では聞き慣れた数字ですよね。

そう特許が出願されてから公開されるまでの期間です。

つまり、スタートアップとは、今日出願した特許が公開される前に資金がなくなる会社、と言えます。

このランウェイはスタートアップに入ると、ものすごく痛感します。
資金が尽きないように、調達を繰り返して成長していくんです。

IPOも資金調達の一種ともいえます。
ランウェイさえ尽きなければスタートアップは潰れない。

ランウェイが続く限り「ひとつなぎの秘宝」を追うだけです。

スタートアップは急成長を求められていますから。

知財の専門家として、知財が会社の成長にどう貢献するかは毎日考えています。

特許を出すのは知財業務のone of themに過ぎません。
今日の時間を特許に使うのか、契約に使うのか、現場に行ってお客様の声を拾うのか。

会社の成長に最も効くのは何か?
これを常に意識しています。

熱く語りましたが、こんな感じです。

ピクシーダストテクノロジーズ株式会社:https://pixiedusttech.com/

木本大介 プロフィール(Notion)