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コロナで話題になった、ワクチンや治療薬の「強制実施権」って?

そもそも実施権って?

特許発明の実施権とは、特許発明を実施する権利をいいます(ライセンスともいいます)。
そして、「実施」とは、以下の行為をいいます(特許法 第2条3項)

  1. 物(プログラム等を含む)の発明の場合
    その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む)をする行為
  2. 方法の発明の場合
    その方法を使用する行為
  3. 物の生産をする方法の発明の場合
    2.に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

「強制実施権」とは

強制実施権とは、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)加盟国において、一定の要件を充足した場合には、加盟国が特許権者の意思に反して強制的に実施許諾を与えることをいい、TRIPS協定ではこれができる旨を定めています(コロナウイルスのワクチンや治療薬の特許についても「強制実施」となる可能性が高いです)。

日本の強制実施権といわれる「裁定通常実施権」

日本においては特許庁長官または経済産業大臣による裁定により通常実施権を認める「裁定通常実施権」という制度があり、これが日本における強制実施権といわれています。

裁定通常実施権としては、以下の3つがあり、いずれも特許発明を促進するための規定になっています。

  1. 不実施の場合の裁定通常実施権(特許法 83条2項)
  2. 自己の特許発明の実施をするための裁定通常実施権(特許法 92条2項)
  3. 公共の利益のための裁定通常実施権(特許法 93条2項)

1.と2.は特許庁長官に、3.は経済産業大臣に裁定請求書を提出することにより手続きがなされます。特許庁長官または経済産業大臣は工業所有権審議会の意見を聞いたうえで通常実施権をすべきか否か判断します。

1.不実施の場合の裁定通常実施権

第八十三条  特許発明の実施が継続して三年以上日本国内において適当にされていないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。ただし、その特許発明に係る特許出願の日から四年を経過していないときは、この限りでない。
2  前項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許庁長官の裁定を請求することができる。

特許発明の実施が、日本国内において継続して3年以上行われておらず、かつ、特許出願の日から4年が経過している場合で、特許権者等との協議が成立しなかったときは、特許庁長官に裁定の請求ができます。

2.自己の特許発明の実施をするための裁定通常実施権

第九十二条  特許権者又は専用実施権者は、その特許発明が第七十二条に規定する場合に該当するときは、同条の他人に対しその特許発明の実施をするための通常実施権又は実用新案権若しくは意匠権についての通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
2  前項の協議を求められた第七十二条の他人は、その協議を求めた特許権者又は専用実施権者に対し、これらの者がその協議により通常実施権又は実用新案権若しくは意匠権についての通常実施権の許諾を受けて実施をしようとする特許発明の範囲内において、通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
3  第一項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、特許権者又は専用実施権者は、特許庁長官の裁定を請求することができる。

※特許法第72条は、自己の特許がその特許出願前にすでに出願されている他人の特許(先願といいます)を利用するものであるとき、業として先願の特許発明を実施することができないと規定したものです。

特許を実施する際に、他人の権利と抵触する場合において、その権利者と協議が成立しなかった場合も特許庁長官に裁定を請求できます。

3.公共の利益のための裁定通常実施権

第九十三条  特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
2  前項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、経済産業大臣の裁定を請求することができる。

コロナウイルスのワクチンも該当するかもしれませんが、特許発明を実施することが公共の利益のために必要な場合で、実施希望者と特許権者の協議が成立しなかった場合に、経済産業大臣の裁定を請求することができます。

まとめ

以上が、裁定通常実施権が認められる3つの場面になります。 裁定通常実施権が今まで行使された事例はありませんが、この未曽有の状況においては新たな事例が作られても不思議ではありません。今後起こりうる大きな動きに備えてどういった権利が公的に認められているのかということを頭の片隅に入れておくことが、今後の事業活動に必要となってくるかもしれません。