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査証制度とは?流れや費用、要件など特許法改正で何が変わるかを解説

2020年4月1日施行の特許法改正により創設された査証制度は、同年10月1日から運用が開始されました。比較的新しい制度のため、まずは存在を知った上で、その内容を正確に理解することが重要です。

そこで、いかなる場面でどのように用いられるのかといった制度の概要、メリットや創設の背景などについて解説します。

査証制度とは?

査証制度とは、特許権などの侵害訴訟において、特許権侵害の立証に必要な調査を中立な専門家が行うという証拠収集手続です。2023年3月現在、特許法105条の2以下で規定されています。

特許法105条の2第1項
裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、立証されるべき事実の有無を判断するため、相手方が所持し、又は管理する書類又は装置その他の物(以下「書類等」という。)について、確認、作動、計測、実験その他の措置をとることによる証拠の収集が必要であると認められる場合において、特許権又は専用実施権を相手方が侵害したことを疑うに足りる相当な理由があると認められ、かつ、申立人が自ら又は他の手段によつては、当該証拠の収集を行うことができないと見込まれるときは、相手方の意見を聴いて、査証人に対し、査証を命ずることができる。(後略)

この制度は令和元年特許法改正(令和元年5月17日法律第3号)によって設けられ、この改正により損害賠償額算定方法の見直しも行われました。

特許庁広報誌「とっきょ」2019年10月7日発行号より引用:https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol43/07_page1.html

査証手続が用いられる場面

査証制度は、特許権者の特許を無断で使用するなど、特許権や専用実施権の侵害があった場合に、製造・販売など侵害行為の差止や損害賠償を請求する侵害訴訟において用いられます。

差止は特許法100条に基づき、また損害賠償は民法709条に基づく不法行為責任としてそれぞれ請求されます。原告(特許権者)が侵害の事実につき主張・立証責任を負うため、その証拠収集に当たり査証手続を利用することが想定されています。

査証手続の流れ

まず、当事者が査証の申立てを行うことにより、裁判所が中立的な専門家(査証人)に証拠の収集を命じます(査証命令)。

命令を受けた専門家は特許権を侵害していると疑われる物品を製造している工場等に立ち入り、証拠となるべき書類等に関する質問や提示要求を行います。
そして、製造機械の作動・計測・実験等を行い、その結果を報告書としてまとめて裁判所に提出します。

これによって提出された報告書を、申立人が裁判における書証(証拠としての書面)として利用します。以下では、各手続について解説します。

査証の申立て

査証の申立ては、訴え提起前に申し立てることはできず、訴えを提起した後にのみ行うことができます。

査証の申立書には、申立ての趣旨や特許権侵害の蓋然性など法定の事項(必要的記載事項)と、専門分野・職種など専門家に関する要望事項や査証の具体的な実施方法の提案など(任意的記載事項)を記載します。

査証命令

当事者の申立てにより裁判所が行う査証命令は、訴訟の当事者以外の第三者の物については認められません。査証の対象は「相手方が所持し,又は管理する書類又は装置その他の物」に限定されるためです(法105条の2第1項)。

相手方および申立人は、査証の申立てについての決定に対して、不服申立て(即時抗告)をすることができます(法105条の2第4項)。

査証人の選定

専門家の属性について法律の規定はありませんが、専門分野や要証事実(証明しなければならない事実)、手続の内容などを考慮して、弁護士・弁理士・学識経験者などから裁判所が選定すると想定されています。

査証手続の費用

特許法105条の2の9によると、査証手続に係る費用のうち、同条に列挙された費用(査証人の旅費、日当、宿泊料、査証料、査証に必要な費用)については、訴訟費用の一部となります。

もっとも、サンプルの提供に係る費用など、査証を受けた当事者に発生する費用については、その当事者の負担となります。査証を受けることにより相手方に不相当な負担が見込まれるときには、その事情が発令の要件として考慮されます。

訴訟費用は、判決がなされた場合は敗訴者が負担し、和解が成立した場合は各自が負担することが一般的です。

査証制度利用の要件

査証制度を利用するには、特許法105条の2第1項が定める4要件(①必要性、②侵害の蓋然性、③補充性、④相当性)を満たす必要があります。

①必要性

侵害行為を証明するために、査証を利用する必要性が求められます。

特許権侵害の事実の有無などを判断するため、相手方が所持・管理する書類や装置などについて、確認、作動、計測などによる証拠の収集が必要であることが認められなければなりません。

②侵害の蓋然性

相手方が特許権を侵害したと疑うのに足りる相当な理由が認められる必要があります。

③補充性

査証以外の手段では、侵害を証明するための証拠が十分に集まらないと見込まれる必要があります。

④相当性

査証を実施することによって、時間や費用など相手方の負担が重くなりすぎないことが必要です。「相当でないと認められる場合でないこと」という文言で規定されています。

上記4要件のほか、同項は「相手方の意見を聴いて」と規定しているため、査証命令は双方審尋後に行われます。

査証制度創設の背景

査証制度が創設された背景には、特許権の特殊性や、それによる証拠収集手続の課題があったとみられます。

侵害が容易

特許権はオンラインで公開されているため、誰でも閲覧することができます。また、特許権はデータとして保存されているので物理的に対象を盗む必要がなく、時間や場所の制約がありません。そのため、比較的容易に特許権が侵害されてしまいます。

立証・証拠収集が困難

近年、方法の特許(製造方法や通信方法など)やソフトウェア特許が増加しており、書類や製造機械、製品など検証物を調べるのみでは侵害の有無の判断が容易ではないといわれます。侵害の有無を判断するには製品のプログラムのソースコードまで辿る必要がありますが、ソースコードは改変が容易で、また量も膨大です。

また、データベースを用いたソフトウェア特許については、単にソースコードを調べるだけでは侵害等の判断が難しいと考えられます。そのためデータベースの内容の調査が必要となり、書類提出命令等では対応が難しい事例が生じてます。

このように、被害者である原告が証拠を収集し、特許権侵害を立証するのが困難であり、さらに原告よりも侵害者側が多くの証拠を持っているという問題がありました。

侵害抑止が困難

特許庁作成の資料によると、特許侵害は、差止請求や損害賠償請求など民事事件として争われるのみで、刑事事件として起訴されたことがありません。特許権が無効になるおそれがあり、また前述のとおり侵害の判断が困難なため、特許権者が刑事告訴しづらいと考えられます。

そのため、特許権を侵害してもリスクが小さいと判断され、刑事罰などによる侵害抑止が困難だといわれます。

査証制度のメリット

すでに述べたように、特許権の侵害訴訟では、証拠収集が困難な上、裁判官が侵害事実の有無を判断するのが難しいという課題がありました。損害額の推定(特許法102条)や、文書提出命令の特則として書類提出命令・検証物提示命令(同105条)といった規定が存在したものの、解決策としては不十分であり、また米国のディスカバリーや英国のディスクロージャーのように専門家による直接的な法的拘束力を有するわけではありませんでした。

しかし査証手続が認められると、中立な立場の専門家が計測や実験などを行うため、当事者が証拠収集に苦心する必要がなくなります。さらに、その専門家が査証の結果を報告書として裁判所に提出するため、裁判官による侵害事実の有無の判断が容易になると考えられます。

相手側が査証を拒んだ場合は、特許法105条の2の5に従い、査証により原告が立証しようとする事実(侵害の事実)が認められます。

特許法105条の2の5
査証を受ける当事者が前条第二項の規定による査証人の工場等への立入りの要求若しくは質問若しくは書類等の提示の要求又は装置の作動、計測、実験その他査証のために必要な措置として裁判所の許可を受けた措置の要求に対し、正当な理由なくこれらに応じないときは、裁判所は、立証されるべき事実に関する申立人の主張を真実と認めることができる。

なお、この真実擬制(申立人の主張を真実とみなすこと)は、既存の文書提出命令や検証物提示命令についても規定されています。

まとめ

・査証制度は、特許権や専用実施権の侵害訴訟における、中立な立場の専門家による証拠収集手続です。

・査証制度は、特許法改正により2020年10月1日から施行されました。

・査証制度は、弁護士・弁理士などから選定された専門家が証拠収集をするため、特許権者による立証や裁判官による判断が困難であるという従来の制度が抱える課題の解決が期待されます。

・査証手続の利用が認められるには、①必要性、②侵害の蓋然性、③補充性、④相当性という特許法105条の2第1項が定める4要件を満たす必要があります。